京のかたな 展示№191

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展示№190、191は京のかたな展の後期展示となりますが千種有功の作品です。
有功の作は短い物が殆どでその多くは茎に銘が無く、「やきたちは さやにをさめてますらをの こころますますとくへかりけり 正三位有功造並詠」と刀身銘の入った脇差です。
慰み打ちとはいいますがこの手の脇差は現在でも頻繁に目にする事から、かなりの数が造らたれようです。
これらの品は造り込みに力なく出来も平凡であり、数打物に類する品と考えられています。
一方茎に銘のあるものが稀にあり、これらは注文打などの入念作と思われます。
展示№190は「正三位有功作 癸丑秋五十之内」と茎に銘のある脇差、№191は刀身銘に加え「寅二月有文有任奉相槌 為法住大徳作之」と茎銘のある太刀です。
有功に長寸の作品は大変珍しく、また息子の有文そして孫の有任の三者による合作銘、そして京都国立博物館のすぐ南に位置する法住寺住職の為銘がある事も注目されます。
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『もっと知りたい 刀剣 名刀・刀装具・刀剣書』(内藤直子 監修・著/吉原弘道 著)

楽しみにしていた本が出版されました。
『もっと知りたい 刀剣 名刀・刀装具・刀剣書』(内藤直子 : 監修・著 / 吉原弘道 : 著)

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ここ数年、本当に沢山の刀関連書籍が出版されました。
研ぎ場の書棚にある刀剣古書とそれらは、書いてある事は同じでも、言葉の重みが違う物も多くありました。
もちろんあえて重くなり過ぎない様にしてはいるのでしょうが、なるほどそうなのですね。
この本のように過去に無い視点でこんな説き方が出来るのは、そういう事ですか。。この本の前書きで納得です。
そう思えば研師も色々違いはありますが近いといえます。実際様々な刀剣に触れ、そして砥石を当てているのですから。
研師の視点というものに自信を持つ事にします。

厚い本ではないですが、楽しくそして正しく学べる本です!
http://www.tokyo-bijutsu.co.jp/?act=book&op=detail&bid=381



京のかたな 展示№193

展示№193 短刀 銘 大阪住高橋晴雲子信秀七十五歳作
           於京都帝国大学鍛之 大正六年十二月吉日

刀は時代が古いほど軟らかく、新しいほど硬い傾向にあります。
しかしあくまでその傾向にあるというだけで、全てがそうではありません。硬い古刀もありますし軟らかい現代刀も多数あります。

”錵物は折れる”という話を聞く事はありますが実際どうなのでしょうか。私は切った事がないので分かりませんが、そう単純では無いと思っています。
「脆い=折れる」は正しいですが「硬い=折れる」は言葉足らずですし、「錵出来=硬い」は必ずしも正しいとはいえません。
過去に研磨させて頂いた特に硬い刀を複数あげたなら、その多くが匂い出来或いは小錵出来の刀です。
それらは硬過ぎて研磨に大変苦労しましたが、研磨中の刃こぼれの心配などは全くなく、硬さと同時に大変粘りのある鉄質でした。
これは研磨した時の所謂”砥当たり”による硬軟の判定なのですが、この砥当たり判定も砥石の粒度や質により様々で、例えば金剛砥で硬く苦労をしても内曇りの効きは早い刀、またその逆もありこれまた単純ではないのです。

さて展示№193、高橋長信が京都帝大で鍛えた刀、匂い主体の互の目に所々小錵の錵筋が走ります。
図録解説中に「日本刀にあるまじき高硬度で製作されていることが判明した」とある通り、強烈な硬さでした。
京都帝大内で日本刀に関する様々な実験を行うなか製作されたと考えられ、大変興味深い作品です。



京のかたな 展示№192

展示№192 脇差 銘(忠以花押)

姫路藩の酒井家二代藩主、酒井忠以(ただざね)の作です。
昭和45年の刀剣美術誌第164号によると、酒井家では忠恭、忠以、忠実、忠学、忠顕など歴代藩主が作刀を行った記録があるそうで、展示の脇差もその一つです。
この様に、皇族、公家、武将など刀工ではない人が打った刀を慰打ちといい、少なからず存在します。慰打ちの刀はおそらく殆どの工程を相手をつとめる刀工が行っていると考えられますが、中には展示№190,191の有功の様に作刀数などからも慰打ちの範疇を超えるような人もいます。

京のかたな図録の忠以刀解説中、後に琳派の絵師として活躍した弟の酒井忠因(抱一)も忠以とともに作刀を行った事が玄武日記に記載されており、昭和四十年代までは個人の愛刀家の手にあったことが確認されている旨記されていますが、現在その行方は分かっていません。
この貴重な酒井抱一の刀は刀美164号及び鑑刀日々抄(続)に部分押形があります。
刃長二尺三寸一分、反り九分、目釘穴二。
太刀銘で「於姫路忠因作之 天明二年二月日」と太鏨の草書銘。
平造りの越中守藤原貞幸の脇差と大小で紀州家伝来という事です。
この貴重な抱一の刀、今はどこにあるのでしょうか。