眠い備前物

古備前、古一文字、或いはもう少し時代が下るものにも、焼き刃の形状は崩れたり染みたりしておらず、しかし著しく刃が沈み、確認し辛いほど眠い物に出会う事しばしばです。
刀は研ぎ減ると焼きが下がり、刃文の起伏もなだらかになるのが基本ですが、特に備前物はその傾向が強い事はよく分かっています。
重花丁子も減ると染みますし、丁子がくびれて蛙子になり、やがて焼き頭が離れて飛び焼きに、更に減り進むと飛び焼きも消え、匂い口が地に煙り込む湾れ調の刃へと弱って行きます。
しかし中には、刃文は下がらず、染みず、ただひたすら眠い太刀も。この様な太刀は実際にはもっと多くあるのですが、その大半は研ぎで刃を明るく処理されており、本来の状態に気付く人は少ないでしょう。
こういう眠い太刀、その眠さの原因は熱処理によるものかと思ってきました。その場合、作者自身が焼きなましを強く行う場合と、後の時代に折損を避けるため行われた物のニ種が考えられます。
しかし先日、もう一つ考えられる原因を聞きました。原因は研ぎ減り。
最初に書いた通り、研ぎ減りの結果刃が下がったり染みたりした物を多くみるため、減るとそうなるものだと思い込んでいましたが、そればかりではないですね。その可能性は当然です。当たり前の考えがスッポリ抜けていました。



古備前

古備前刀工群。実に多数いて、重刀に名がある人だけでも80名近くです。もちろん重刀指定が無い古備前刀工も多数います。
昔から、超有名工や研磨経験がある古備前刀工以外の名を覚えるのが苦手なのですが、理由は「古備前派」ではなく「古備前刀工群」だからですね。
長船物などは頭の中で階層として記憶されますが、古備前物は違っていて。

最近生ぶ在銘の古備前を幾つか研磨など。

平安末期から鎌倉初期の太刀が、かくも健全な状態で残っているとは。
今後も大切に守り伝えられていくことを切に願います



『五箇伝の名刀展「相州伝・美濃伝」』

本能寺大寶殿宝物館では、前期の『五箇伝の名刀展「山城伝・大和伝」』に続き、展示内容を一新し『五箇伝の名刀展「相州伝・美濃伝」』が始まりました。

展示品は以下の通りとなっています。

刀剣

太刀   銘 国綱(粟田口)
短刀   銘 国光(新藤五)
 刀 金象嵌 行光 本阿(花押)(光常極)
短刀   銘 正宗(と銘あり)
 刀   銘 相州住伊勢大掾綱広
       寛文七年三月吉日
 刀   銘 兼房
   金象嵌 七ッ胴落銘      
       延宝九年二月廿八日 切手中西十郎兵衛如光(花押)
 刀   銘 兼元(孫六)
 刀   銘 若狭守氏房作
       元亀三年二月日
短刀   銘 兼常作
脇指   銘 兼綱

刀装具

 鐔  無銘 甚吾(三代)肥後金工大鑑所載
 鐔  無銘 鏡師
 鐔  無銘 林重光
 鐔  無銘 伝万日坊 肥後金工大鑑所載
 鐔   銘 水府住萩谷勝平
       慶応元年丑仲秋鐫
小柄   銘 雍州光興(金印)
縁頭   銘 寿霍斉政美(花押)
 鐔   銘 染谷知信(金印・福)

押形(刀絵図)

 刀  名物 稲葉江(国宝)
   金象嵌 天正十三十二月日江本阿弥磨上之(花押)
       所持稲葉勘右衛門尉
      (柏原美術館蔵 / 2023年、調査記録のため全身押形採拓)
 刀  無銘 貞宗
 刀  無銘 伝左文字
短刀  則重(京都国立博物館蔵 / 令和7年度京都国立博物館館蔵品修復事業に於いて全身押形採拓)
脇差  無銘 広光

メインとなる刀剣10口すべてに、見所解説入りの全身押形パネルを設置しています。

相州伝・美濃伝、それぞれの特色と魅力を、実物の刀剣と全身押形を通してお楽しみいただけましたら幸いです。


       



3枚目

先日来の全身押形3枚目。
2枚描いた結果、速度は確実に上がりましたが、仕上がりは大きく変わったとは思えず。
しかし同じ下筆春蚕食叶声でも毛の状態が変わったので筆使いは違っている。
諸々が変化しているのに仕上がりが変わらんという事は、答えは一つ。
残念というか残酷な結果です。
9月からの本能寺の展示用に古い押形を出してみていましたら、過去の物はあまり表に出したくない様な仕上がりでした。
残酷な結果な私でも少しづつ上手くはなっているという事で。
練習せよという事ですな。



無題

この1ヶ月半~2ヶ月ほどで全身押形を多分18枚描きました。
でやはり理想の描き方とはかけ離れている。全くダメ。
先日来、下筆春蚕食叶声を再度、再度というか一体何度繰り返しているかわかりませんが、筆を作って練習。
今までここに何度も書いた覚えがありますが、今回はほんまもんかも。(確か何度も完成と断言した気がしますが)
これからまた全身を3枚描きますがそこで答えがわかります。
今回は到達した気がするんですが。



本能寺大寶殿宝物館『五箇伝の名刀展』

本能寺大寶殿宝物館にて9月9日まで開催の『「五箇伝の名刀展」山城・大和編』の展示刀のご紹介です。

展示刀

1,太刀 来国俊(特別重要刀剣)
     来派

本阿弥光常折紙付 
(鞘書)来国俊 正応比 磨上 二尺四寸六分 光常折帋付 重要刀剣 昭和五十四乙未年初冬 薫山誌(花押)
刃長 二尺四寸六分
反り 九分

元幅31.0(31.8)mm
元重7.3(8.3)mm
先幅21.2(21.7)mm
先重4.6(4.8)mm
茎最厚8.5mm
重量947g

鎬造、庵棟、身幅広く、重ね厚く、鎬高く、鎬幅やや広く、京反り深く、中鋒詰まる。
地鉄、小板目肌詰み、所々大肌混じり、地錵良く付き、地景微塵に入り冴え、佩表中程より、刃寄りに筋映り現れる。
刃文、錵付き、直刃調に小丁子、小互の目を交えて、所々に京逆足が見られる。物打ちから上部に棟焼き有り。
帽子、直ぐに先掃きかけて大丸風に短く返り、棟角の焼きへと繋がる。
茎、磨り上げて茎尻付近に三字銘。元ヤスリ切り(新ヤスリも切り)。目釘穴1(小さい)。


2,短刀 銘 来国光 

刃長26.6㎝
反り内反り(ごく僅か)

元幅20.6(21.6)㎜
元重4.1㎜
茎最厚4.7㎜
金無垢台付二重鎺 
刀身重量107g

平造り、三ツ棟、重ね薄く、身幅尋常、ごく僅かに内に反る。
地鉄、板目細かによく詰み、地錵付き地景入り、全体に淡く映り立つ。
刃文、よく締まる細直刃。腰元に金筋入る。
帽子、大丸気味に僅かに返る。
彫物、差表に素剣、裏に護摩箸を彫る。
茎、僅かに擦り上げ、茎尻一文字に切り、刃方も擦っていると思われる。
茎上半は新鑢で勝手下がり、下半元鑢切り。
目釘穴2、内1つ鉛埋め。下の生ぶ穴は長く歪になり、過半銀埋め。来国光の三字銘。棟角、刃方小肉。


脇差 銘 来国真(重要刀剣)

刃長35.7㎝
反り0.4㎝

元幅28.0(29.1)㎜
元重4.7㎜
茎最厚6.0㎜
金無垢二重台付鎺
刀身重量248g

平造り、三ツ棟(中筋広い)、身幅広く、寸延び、重ねやや薄く、反りつく。
地鉄、板目に杢目交じり、地景入り、錵映り立ち、一部地斑映り風になる。
刃文、浅い湾れに互の目交じり、差表フクラ下には丁子を一つ焼き、砂流し湯走りが頻りに働く。
帽子、表、直ぐに丸。裏、返りに錵筋入り先尖りごころ。
彫物、棟寄りに棒樋、差裏棒樋先端付近に連れ樋の痕跡あり。
茎、生ぶ、或いはほぼ生ぶと思われる。(茎幅は擦っている様)
鑢目勝手下がり。目釘穴1。三字銘。(来の字、左の点の上部に目釘穴の躊躇い痕がある)
棟方、刃方、ほぼ角。角が少し手にあたる。茎尻栗尻。


刀 銘 吉則作(後三条)
    末の山城物と大和物

刃長71.4㎝
反り2.8㎝

元幅30.0(31.0)㎜
元重6.9(7.9)㎜
先幅17.5(17.8)㎜
先重3.6(4.1)㎜
茎最厚8.4㎜

鎬造、庵棟、身幅広く、重ね厚く、反り高く、鎬やや高く、茎やや短い造り込み。
地鉄、板目やや肌立ちごころ。
刃文、互の目に尖り刃混じり、金筋入り、細かに砂流しかかり、小錵つく。
帽子、僅かに乱れ、先少し掃きかけて丸く返る。
茎、鑢目切り、少し朽ち込む。棟方、刃方、殆ど角。目釘穴2、吉則作と三字銘。茎尻刃上がり栗尻。


脇差 銘 出羽大掾藤原国路
     新時代の山城鍛冶―三品派と堀川派―

刃長 34.2㎝
反り 0.5㎝

元幅30.3(32.1)㎜
元重6.3㎜
茎最厚6.6㎜

平造り、庵棟、身幅やや広く、寸が延び、反り浅めに付き、棟区深く、庵棟やや高い。
地鉄、板目肌詰み、地錵つく。
刃文、互の目を焼き、匂い深く、小錵付き、フクラ下で焼き上がり、表裏に飛び焼きを見せる。
帽子、直ぐに丸く返る。
彫物、表に梵字、裏に「三十番神」の彫。
茎、生ぶ。ヤスリ筋違。棟、刃方小肉。棟ヤスリ大筋違。目釘穴2、内1つ鉄埋め。茎尻強い栗尻。


刀 無銘 千手院(重要刀剣)
     本能寺「五箇伝の名刀展」大和・山城編『千手院(一)』

刃長64.2㎝
反り1.4㎝

元幅24.6(25.8)㎜
元重6.0(6.1)㎜
先幅18.3(19.1)㎜
先重4.2(4.4)㎜
茎最厚6.7㎜

鎬造、庵棟、反り浅く、中鋒。重ね、鎬幅、鎬高は尋常。
地鉄、板目肌強く流れほぼ柾目となり、地錵よくつく。
刃文、中直刃調に互の目がかり、刃中に足、葉入り、錵筋、砂流し入り、地に湯走り現れる。
帽子、差表、強く掃きかけ荒錵付き、丸く返る。裏、掃きかけて丸く返る。
茎、大擦り上げ無銘、鑢目切り、目釘穴4、内2つ鉛埋め、茎尻切り。


剣 無銘 千手院
     本能寺「五箇伝の名刀展」大和・山城編『千手院(二)』


短刀 銘 大和国藤原貞興(保昌)(特別重要刀剣)
     本能寺「五箇伝の名刀展」大和・山城編『保昌』

刃長21.3㎝
内反り

元幅17.8(18.6)㎜
元重6.3㎜
茎最厚6.8㎜

平造り、真の棟、重ね厚く、やや細身、フクラ枯れ鋭く、僅かに内反り。
地鉄、柾目肌、元は刃側に寄り、先は棟側に抜ける。茎から肌目に沿って錵映り立つ。
刃文、直刃、僅かに湾れを見せ、裏フクラ下に一箇所互の目ごころ。柾肌に沿ってほつれ、砂流し湯走りかかる。表裏とも区際焼き込む。
帽子、表、一文字風、裏、焼き詰め、掃きかける。
茎、生ぶ、茎鑢檜垣。棟方僅かに肉、刃方角。茎尻一文字。目釘穴2。
銘文の1文字目は平地研ぎ面に掛かり、ほぼ摩滅。



刀 朱書 則長 (尻懸)(特別重要刀剣)
     寛永拾ニ年折紙金子五枚

     本能寺「五箇伝の名刀展」大和・山城編『尻懸』

刃長69.0㎝
反り2.1㎝

元幅26.5㎜
先幅20.0㎜
元重6.5㎜
鋒長37㎜

鎬造、庵棟、やや反り浅く、中鋒。
地鉄、板目柾がかって流れ、地錵付き、所々大肌交じる。
刃文、直ぐ刃調に互の目が連れ、錵よく付き、ほつれて砂流しかかる。
帽子、よく沸えて掃き掛ける。
彫物、表裏に棒樋を掻き流し、茎に添え樋の痕跡がある。
茎、大磨上げ、先切、鑢目勝手下がり、目釘穴ニ。


刀 銘 包清(手掻)
    本能寺「五箇伝の名刀展」大和・山城編『手掻』

刃長62.2㎝
反り2.2㎝

元幅29(30.1)㎜
元重4.9(5.5)㎜
先幅18.1(19.0)㎜
先重2.8(3.0)㎜
茎最厚6.8㎜

鎬造、庵棟、寸詰まり、反りやや深く、茎短く、所謂片手打ちの造り込み。
地鉄、板目詰み、所々白く肌立つ。柾気は無い。表裏に焼き出し映り立つ。
刃文、表、広直刃調に浅く湾れ、裏、広直刃調に互の目がかる。小錵付き、匂口やや深く、刃縁に金筋入るも、刃中の働きは少ない。
帽子、直ぐに先丸く、僅かに掃きかける。
茎、短く、鑢鷹の羽、刃方小肉、棟丸。目釘穴1、差表目釘穴の上に包清と二字銘。茎尻栗尻。


展示押形

刀 朱銘 当麻
     本能寺「五箇伝の名刀展」大和・山城編『当麻』


太刀 銘 長吉(龍門)
     本能寺「五箇伝の名刀展」大和・山城編『龍門』


刀 無銘 五条
     検索結果 : 古京物


短刀 銘 定利(綾小路)(光山押形所載)
     京のかたな 展示№59
     来国行の短刀


短刀 銘 包真(手掻)
     姿(追記)



7月入札鑑定

今回は当番で、鑑定刀5口、鑑賞刀1口を御用意させていただきました。

鑑定刀

1号  刀 金象嵌銘 宝寿
2号 短刀    銘 国光(新藤五)(重要刀剣)
3号  刀 金象嵌銘 本阿(花押)
           来国俊    (重要美術品)
4号 脇差    銘 源式部丞信国 (重要刀剣)
           永享ニニ年八月日  
5号  刀   無銘 伝左文字   (重要刀剣)

鑑賞刀

1号  刀    銘 兼房     (重要刀剣)
       金象嵌 七ッ胴落 
           延宝九年二月廿八日
           切手中西十郎兵衛如光(花押)


1号 刀 金象嵌銘 宝寿


2号 短刀 国光(新藤五)


3号 刀 金象嵌銘 来国俊


4号 脇差 源式部丞信国


5号 刀 無銘 伝左文字


鑑賞刀 七ッ胴落兼房

この度も、大変貴重な御刀を京都府支部鑑定に快くお貸しくださいました皆様に、改めまして厚く御礼申し上げます。
誠にありがとうございました。




宵々々山の前日

明日が宵々々山だと思いますが、その前日の今日はなんと呼ぶのでしょう。。
今晩お散歩で長刀鉾前を歩きましたら人通りもそれほど多くなく、少しお囃子を撮らせていただいて手拭いを買って帰りました。
明日から長刀鉾の手拭いを裂帛(さいで)に、仕上げ研磨です。

6月分の入札鑑定記を書き忘れていましたが、今回は詳細UP不可とのことでしたし、掲載を見送ります。



法隆寺西圓堂 薬師如来像

薬師如来坐像(法隆寺西円堂)
出典:『法隆寺大鏡』(1926年)
Wikimedia Commons掲載画像
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Yakushi_Nyorai_Saiendo_Horyuji.jpg

SNSでこの写真をUPされている方がおられました!当サイトへの掲載も問題ないようですのでUPします。

この空間に約6500口もの刀剣類が・・・圧巻です。(写真にあるのは極一部。八角のお堂内全面に刀剣類が掛けられていました)
西圓堂の修理時に全て降ろされたわけですが、この状態も見てみたかった。ここからの軍刀供出も大量で、無念。

・西圓堂 | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
・馬手指(一) | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
・馬手指(二) | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
・姿を | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
・法隆寺へ | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
・馬手差の拵を | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
・馬手差 | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
・小柄櫃 | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
・無題 | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
・入鹿實可拝見。馬手差しのこと | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
・鷹匠 | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区



本能寺宝物館「五箇伝の名刀展」『押形』

押形とは、刀身に紙を当て固形墨(石華墨)を用いて茎の形や鑢目、銘などを刷り出したものをいいます。さらに刀身の輪郭や鎬筋など各部の線を引き、刃文を描写した刀絵図をも含め、押形と称します。また押形には、茎や刀身の一部のみを記録する「部分押形」と、刀身全体を表した「全身押形」とがあります。

押形の原初的形態は、最古の古剣書とされてきた『観智院本銘尽』(応永三十年筆写)にみられます。
しかしそれは稚拙な表現で銘や鑢目を記した程度で、茎を正確に記録しようとする意識が感じられるものではありません。
室町後期の『往昔抄』になると、銘字や鑢目、茎形状に至るまでが記録されるようになり、茎の特徴を詳細に伝えようとする意識がうかがえます。

東寺塔頭 観智院
東寺塔頭 観智院

押形において、茎の記録とともに重要なのが刃文の記録です。
刃文までを記録した押形は室町時代末期頃に登場し、弘治二年(1556)の奥書をもつ『本阿弥光心押形』がその嚆矢とされます。
刀剣の贈答がそれまで以上に盛んになる中で、幕府や大名家には刀剣を鑑別・管理する専門家が求められ、次第に刀剣書が整備され、以降押形は、茎と共に刃文の記録を重視したものとして発展してゆきました。

(先ほどあげた『観智院本銘尽』ですが、この書は長らく”最古の古剣書”とされてきました。
『観智院本銘尽』は非常に貴重な歴史資料ですが、その価値は古さのみにとどまらず、底本を増補改訂せず伝来した点にあります。底本は鎌倉時代末期から南北朝初期の成立と考えられますが、応永年間に行われた筆写が、刀剣の専門家ではなく僧侶によるため、原形をよく留めることになったと考えられています。しかし近年、これを半世紀以上遡る南北朝期に書写された『龍造寺本銘尽』が九州産業大学の吉原弘道先生により発見され、こちらが最古となっています。)

このように発展した押形は、刀剣の情報を後世に伝える記録資料として重要な役割を担っています。
その一例が、大坂の役や明暦の大火で罹災した刀剣を多数記録した本阿弥光徳直筆の絵図資料、所謂「光徳刀絵図」です。
ここには焼損・焼失以前に記録された刀剣の姿や刃文、銘が記され、名刀の毀損前の状態を今に伝える極めて貴重な資料となり、この記録をもとに復元が行われた例は少なくありません。

短刀 銘 吉光
     令和四年 本能寺什(棟銘)一平
(河内一平刀匠の薬研藤四郎写。本能寺の変で焼けたといわれ現存していませんが、光徳刀絵図に焼ける前の状態が記録されており、それを元に再現されています。)

写し物 | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
新作写しもの | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区