国宗

2020年06月25日【ブログ】

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太刀、銘 國宗(公益財団法人 黒川古文化研究所蔵)

36回目です。
この太刀は、享保名物の鳥飼来国次とともに黒川古文化研究所に寄贈された刀剣類の一つです。
銘は二字銘で国宗と切り書体は備前三郎国宗ですが、黒川古文化研究所紀要「古文化研究」第17号に、他の国宗銘よりも大銘で鏨も強いことからさらに詳しい比較検討の必要がある事が指摘されています。
鎬が高く、鋒が延びる造り込みで、地鉄は極めて精良。私見を申し上げれば仮に銘が無ければ吉岡一文字の極めが相応しい、そう思いながら研磨をさせて頂きました。

公益財団法人 黒川古文化研究所

入鹿住藤原實綱

2020年06月23日【ブログ】

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あいにくのお天気ですが、また入鹿にくることが出来ました。前回も小雨でしたねぇ。http://kyoto-katana.com/archives/7086/
刀の世界では「入鹿=紀州」ですので、今の入鹿も和歌山県だと勝手に思い込んでいましたが、今は三重県です。境界が昔とは違うんですね。
前回は滞在時間五分で、しかも紀和鉱山資料館さんは閉館しておりました。
しかし今回は鉱山資料館職員さん立ち合いの元、入鹿實綱の槍を手に取り拝見させて頂き、また画像のブログUPのお許しまで頂く事が出来ました。ありがとうございます。

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槍、銘 入鹿住藤原實綱
刃長一尺二寸七分七厘(ケラ首長6.2㎝)
この槍は「紀州の刀と鐔」所載の品ですのでその存在は知っていましたが、鉱山資料館さんに保管されていたのですね。出会えて感激です。
今回手に取らせて頂き驚いたのが、以前ブログで紹介させて頂いた實綱の槍と非常に似ている事です。

 

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槍、銘 紀州入鹿村實綱作
こちらは刃長が一尺四寸七分二厘でケラ首が7,7㎝と鉱山資料館さんの槍より少し大きいのですが、全体の造り込み、樋の形、茎の太さ茎尻の形状、地肌に刃文と、全てが非常に似ています。(茎尻は若干の違いもあり、そこがまた面白い)
「紀州の刀と鐔」によると鉱山資料館さんの實綱は文明頃の四代、押形の實綱は下って享禄天文頃と思われるとの事です。
銘を見るとタガネ使いに明らかな違いがあり同じ手による銘ではないと思いますが、技術の変化が少ない地方鍛冶の場合、実際の製作年代よりも古く見えたりまた逆に若く見える事もあり、さらに銘切師の存在など、資料の少ない刀工の代別や製作時期の特定は難しいです。
押形の槍は以前ブログで書かせて頂いた通りの名槍ですが、鉱山資料館さんの實綱も「入鹿鍛冶の特徴を遺憾なく示した名鑓である」との「紀州の刀と鐔」の解説のとおり、素晴らしい槍でした。

二字国俊短刀

2020年06月14日【ブログ】

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短刀、銘 國俊(二字国俊)

35回目です。
二字国俊の短刀は、長らく重要文化財の愛染国俊(28.79㎝)のみとされて来ましたが、近年出現した本刀(21.3㎝)が新たな一口として加わる事となり、そしてその短刀が京都にあると知り押形をとらせて頂きました。
初期来派では来国行にも唯一の在銘短刀(寸延/30.65㎝)として特別重要刀剣指定の品があますが、愛染国俊、来国行寸延短刀といずれも手に取り拝見しました。
本刀を含む三口ともに太刀に見る刃文とは異なる出来となり、全てに少し反りが付きます。
この作風を知る事は初期来派短刀の作域を理解する上で重要で、来国俊以降の鎌倉期来派短刀とは相違します。それを顕示するこの三口の存在意義は大きく、その価値は計り知れません。

直江助信・助俊

2020年06月09日【ブログ】

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脇差、銘 奉命 直江助俊 同 助信謹造(石切劔箭神社蔵)
     慶応元年八月日

34回目。前回に続き、石切劔箭神社様の御刀です。
水戸藩九代藩主徳川斉昭は刀を鍛えた事でも知られ、その作品の茎には葵紋崩の紋章を刻みます。
藩主斉昭の作刀の相手鍛冶を務めたのは直江助政、助共親子で、今回の押形はその助共の子、助信、助俊兄弟の合作刀です。
水戸藩では尚武の気風から刀の実用性への関心が高く、棒試し、巻藁試し、鹿角試し、水試し等の荒試しに耐えた刀を藩士達の指料としたと伝えます。
本脇差は身幅広く、重ね厚く、平肉豊な造り込みで(重量は395g)、正にその想いを形にした作品となっています。

石切劔箭神社HP