野球に行ってみた

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子供が野球観戦優待券をもらって来たので一緒に行ってみた。
京セラドーム。
プロ野球観戦は1985年以来。 
強靭な声帯でずっと野次を飛ばしてるおっさんが居て、周りの小学生は皆、耳をふさいでました。
色々楽しいなぁ・・2時間あっという間でした。
TVでも全く見た事ありませんしどこのファンでもありませんが、もしも子供がどこかのファンになったらまた連れて行ってあげたいです。
私はほんとに野球を知らないのですが、1985年は阪神が優勝した年で、阪神ファンの間では伝説だそうですが、バース、掛布、岡田がバックスクリーンに3連発を叩き込んだ試合。
当時私は小学6年。 修学旅行で甲子園、この試合を見ました。
凄い地鳴りの様な歓声を思い出します。 
野球を知らない私は、あの時見たのがこの試合だった事を知ったのは20年くらい経ってからです。
一緒にいた巨人ファンの同級生が泣いていたのはそう言う理由だったんですねぇ。



ここまで

今夜はここまで進んだ。
全体の雰囲気が頭のなかのイメージと違うのでここから修正して行かなければならない。

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午後も

午後も押形に。
とりあえず半対面の下書き。
いつもこの時は、最初の面の道程を再び辿る事の恐怖を感じる。

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皆焼

午後から皆焼の平身脇指の押形を作成。

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輪郭が取れたので夜は刃文。
シャーペンでざっくりと下書き後、墨で刃文を描く。

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二時間ほどしか経っていませんが集中力の限界が来てしまいましたので本日は終了。



9月 京都刀剣入札鑑定会

一号 刀
長い。 4,5寸はあるか。 よく乱れる。
肥前。 正廣か行廣か分からない。
 肥州行廣と入札。
二号 刀 
長い。 新々刀。 
互の目と丁子で帽子も乱れる。 映り気も有るようだが刃の硬さが地にも移りそれが映り状になっているとも見える。 少し荒めの錵もつく。 
帽子は江戸の乱れだが刃は違う。
 剣龍(正しくは竜)子貞晴と入札。
三号 刀(大磨上無銘の重刀と言うヒントがあった。)
尋常ならざる刃の冴え。 地景が多数入り刃寄りに柾気の目立つ地文。
包永個銘極め或いは古宇多だと思う。
普段こう言う冴えの刀を審査に出すと古宇多で帰って来る。
 古宇多と入札。
四号 脇指
菖蒲造り。 新古境か? 
幅広。 焼き刃は高めで丸くない互の目を湾れでつなぐ。 三品帽子。 匂い口は深め。
 氏貞と入札。
五号 短刀
両刃。小ぶり。ちょっと反り気味。
詰む。広直刃。小さい小さい尖り刃が表裏に有る。
小ぶりの両刃なので普通は備前の両刃初期。
 兼定と入札。


イヤ
イヤ
イヤ
三号 イヤでした。ならば「手掻」の極めでは無く「包永」個銘極めしかない。
こうなってみると、刃線の腹のふくらみや切っ先形状、焼き刃バランス、刃中の色、地刃の出来の傑出感、全てが包永に見える。遅いけど。
 手掻包永と入札。
四号 素直に山城に行かないとダメみたいです。
 越中守正俊と入札。
五号 尖りを見つけたからといって信じたらダメなのですか?
 勝光と入札。



準然
然  
 
 一号 刀   肥前国佐賀住正廣 寛永十五年八月吉日
 二号 刀   浪華月山雲竜子貞一造 慶応二年八月日
 三号 刀   大磨上無銘 包永
 四号 脇指 河内守藤原国助
 五号 短刀 備前國住長船孫三郎尉幸光作 永禄六年八月吉日
帰宅後、初代国助を調べると全く同じ様な品が色々ありました。 越中は三品帽子と言う事で「おまけ」をして頂いただけで、絶対に国助と見なければならない出来だったようです。
両刃は初期は小さいと言う大まかな見方ではダメと言うことですね。
行廣と正廣の鑑別法を知りたい。

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下艶のことなど

研ぎ場にて大太刀拝見。
三尺一寸。 古そう。 地刃とも破綻なく凄い。
その他多数拝見。 
小道具の保存状態が良い拵えは気持ちがいい。
研ぎ場にて古い備前物拝見。
久々に鳥肌が立った。 完全な地鉄。 
こういう物が残っていましたか・・・。
400年ほど飛んで出現した様な品ですな。
研ぎ場にて末備前拝見。
片手打ちのスカッとした品をちょっと久々に見た。
高い焼きで一見複雑な刃だが、もしもこう言う末備前を全身押形にするとしたら薄墨でサラッと書き上げた方が良い雰囲気になりそうに思う。 
あっさり上げるセンスが無いとダメですが。
末備前の地鉄に初めて使う下艶を入れる。
備前物の為にあるような石だわ。
この手の石ならまだ入手可能なので探しに行こう。



薩摩上げ脇指

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大振りの”薩摩上げ”です。
この造り込みは度々ブログに登場しますが、「刺刀(さすが)」が正しい名称で「薩摩上げ」は俗称です。
昭和40年の刀美第98号に佐藤寒山先生が「さすが(刺刀)のこと」として”刺刀”や”薩摩上げ”の語源について書かれており、上記の事は知っておりましたが、”薩摩上げ”の方がなんだかキャッチーな響きなので薩摩上げの呼称も棄てがたいですね。 (薩摩上げの語源は過去ブログで
その記事を改めて見てみると、「本阿弥家の鑑定用語にも武家目利の間にもないものであって、どうも町方の刀屋の間にのみ使用せられたもののように推量される」と書かれております。
過去の重刀指定を見ますと、
脇差  備州長船住景光  正和二年十月日  長さ1尺1寸5分半  
脇差  則重 (古備前)               長さ1尺1寸  
脇差  助真                      長さ1尺0寸8分半  
短刀  正恒 (折返銘)               長さ9寸2分 
短刀  無銘 (景安)                 長さ8寸5分 
短刀  景安                      長さ9寸0分強 
等がありました。
形状は菖蒲造りや鵜の首造り、冠落し造り等で、いずれの品にも「刺刀に直したもの」と言う風に解説があります。この短刀には刺刀で有ると明記されていませんが諸条件から刺刀に類する物と思われます。
押形の刺刀は約一尺三寸。
切っ先の鋭さは他の比ではない。 



清麿

佐野美術館へ。
全て清麿50振超。
年代順の展示で何歳作と明示されている。
清麿18歳、有名な初期の二振り(一貫齊正行銘)の作風から後期清麿銘時代の作風への変遷を見た。
また以前から、清麿は現代研磨によりさらに評価された刀工の一人だと強く感じていたが、事前に入手した図録の解説ではそこにも言及されていた。
当日館内で渡辺館長とお話させて頂いた際もその辺の事を仰っていて研師としてはさらに深く勉強しなければならない点である。
その後は名刀鑑賞会。 
国指定文化財を多数含む十数口の古名刀を手に取って鑑賞。
古名刀の鑑賞は本質を見極めようとする気持ちが大切かもしれない。
深く感じようとすれば古名刀の良さも新作刀の良さも見えてくる。



近況。
研ぎ場にて真改と新々刀大互の目拝見。
真改は初期なので親國の刃中と同じ。
元々上手い親國の下で勉強し、それを超えて行った真改さんは凄い人です。
研ぎ場にて吉岡一文字拝見。 無銘の一文字極めには疑問を懐かざるを得ない物も有るがこれなどは大丈夫でしょう。 皮鉄の良い部分は一文字独特の肌立ちも過ぎず、深くて美しい。
去年か一昨年拝見した大変珍しい銘の品を手持ちの本で調べる。
埋忠、光山、土屋、継平、今村等古い押形に期待したが見えず。 
刀美の古い記事にその国の研究をみるも記載無し。 
刀剣専門のデジタルアーカイブがあればずっと入り浸る(ネットでね)。
研ぎ場にて新々刀最上作拝見。 渋い研ぎ。 さすがの地鉄ですがこれだと研師にしか地鉄の良さが分からん。考え方は多様と。
新刀大互の目刃取る。研師小野先生が「持って行き様の無い刃文だね」と瞬時の判断でそう仰ったがその通り・・。
刃取りの判断が遅い私だが時間をかけ片面一箇所でも奇をてらってみる。 成功したと思う。
新刀最上作正真銘のうぶ品を書籍で調べる。 一つだけ見つけた。 こんなのが眠っていましたか。 もっと資料が有れば・・・。  絶対入り浸る。
研ぎ場にて金道後代等拝見。 茎に大量の文字。 江戸の世も今もキャッチーな刀は変わらず。 三品系は商売上手し。
研ぎ場にて祐定二振りと磨上備前物拝見。
直刃と乱れの祐定。  
直刃は独特の姿に独特の白い板杢。多分元は独特の帽子。
乱れの方は全く違う作風。
同じブランド名とは思えない違い。
何千本有るのか知りませんが、これだけ多数の祐定が残って居るのですから資料をしっかり蓄積整理すれば詳細な分類は可能ですよね。
無銘備前。 茎中央より少し上に丸留め棒樋。 と言う事でこの下がウブ穴。 腰反りの良い姿。 応永前後の反りだと思う。 尋常に重ねが有るのにチリがやけに広い。 南北最末期から応永の重ねだったと言う事でしょうか。 
三代陸奥守代作の近江大掾拝見。 やはりそうですか。 強烈な出来です。 まいったまいった。
知名度の低い新々刀拝見。 磨上げれば古刀になってしまうでしょう。 
研ぎ場にて宝徳年紀の備前物拝見。 茎、かっこいい鑢と微妙な反り。 この時期ピンポイントの特長ですか?
最近仕上げで下艶の力不足を感じる。 早急に見つけるべし。 当りの強い地砥を物ともせず、肌を整え、或いは出しそして抑え、また肌を保ちつつヒケを取りに行ける下艶。それが古刀から新作まで全てに対応可能。 こんな万能下艶があるのか? 
希に有るから普通の艶では満足出来なくなる。