新時代の山城鍛冶―三品派と堀川派―

京都国立博物館では現在「特集展示 新時代の山城鍛冶―三品派と堀川派―」が開催中です。
堀川物と三品派作品が主な展示となっています。

研磨をさせて頂いたものも多数出陳されていますが、寺社御所蔵のものを除き手元に押形記録がある作品を幾つか。

短刀 銘 日州住信濃守国廣作
     天正十九年二月吉日
    (2022年度、京都国立博物館修理事業時、記録として全身押形採拓)
この天正打国廣は京都府支部顧問の加藤静允先生御寄贈の御品で、今回の展示では加藤静允コレクションとしてこの他に、国昌、国徳、国時、平安城弘幸、石見守国助が展示されています。


刀 銘 信濃守国廣


脇差 銘 出羽大掾藤原国路 
     元和五年十二月日 主大橋松節入重政 


 短刀 銘 陸奥守大道
     (京都国立博物館蔵 下間基子氏寄贈 2024年度、京都国立博物館修理事業時、記録として全身押形採拓)


太刀 銘(菊紋)和泉守来金道
        遥奉 鈞命享保庚戌年於京師二柄ヲ打一柄ハ献シ一柄ハ則是也
       (京都国立博物館蔵/研磨時記録として全身押形採拓)

 
10月の支部鑑定講師当番では三品派の再評価についてお話をさせて頂いたところでした。
私、以前から三品派初代四兄弟の評価が今一つだと感じていて。(もちろん評価はされていますが、まだ足りぬ!と)
初代金道、初代吉道、初代正俊、初代来金道(初代来金道の作品はほぼ無い)、この人達はもっと評価されるべきと思うのです。
では何故そういう状況なのか。それは後代の一般的な作品が非常に多く、その数が初代作を大きく上回るため、初代の凄さが埋もれているのではないでしょうか。その一派の評価は数で決まるという考え方もありますが、堀川物を語る時に後代は無く、肥前は後代作も初代に譲らない良作多数。三品派とは違う構成です。後代の三品作品も良作揃いではありますが、慶長新刀の魅力とはかなり違う所に行ってしまっていて。。
その三品派初代の魅力が詰まった作品が、今回展示されている重要美術品の初代丹波守吉道の刀です。慶長新刀の貫禄と覇気満々、初代丹波の刀に是非注目して下さい。
幡枝国廣も展示されています!
幡枝国廣については以下の過去ブログにて。
古い刀剣美術 | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
1)幡枝八幡宮 | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
2)今日も幡枝八幡に。 | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
3)幡枝八幡宮に行きました | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区

特集展示 新時代の山城鍛冶―三品派と堀川派― – 京都国立博物館



ナイフを

お正月なので普段使いの刃物としてナイフを買いました。
いったい年間幾つの荷物をナイフで開封するか分かりませんが、かなり頻繁です。
研ぎの道具を作ったり何かを削たり、日々刃物を使います。
刃艶を切る用の小刀を使う事もありますが、自作の小刀で刃先を薄く作っていて刃が傷みやすく、普段使いにはしたくなく。
小刀は刃コボレさせると研ぐのがめちゃ大変で。。と言いつつ、今は小刀の先端が1ミリ程度折れたまま使っています。明日研ごう。
18歳で初めて京都に来た時、老舗刃物屋さんで海外有名メーカーの折りたたみナイフを買いました。
確か2万円台だったか。それがとにかく切れなくて。鉄が柔らかく、段ボールを二つも開封したらもう研がないといけません。そんなに急刃は付けていないんですが。詳しい人に聞くと、折りたたみナイフは柔らかい鋼材を使用した物が多いそうで、元々そういうもんみたいです。ちょっと受け入れがたい。。
という事で、日本製の刃渡り10㎝(全長23㎝)、重さ90gのナイフを買いました。結構硬めの鋼材を使用しているようです。
軽くて大変よく切れ、使い勝手もいい。
鋒形状が刀だと絶対アウトの気持ち悪いラインですが、この個体だけでなくどの写真も動画もこの形になっていました。
日常のナイフ使用では先端を使う事が多いため、見た目は気持ち悪いですがこれが一番機能的な形という事だと思います。
話は変わりますが、京都市内に包丁屋さんが続々オープンしています。
昔の包丁屋さんとは全く違うスタイリッシュなお店も増え、どのお店も海外からのお客さんで賑わっています。
刃物を買うのは楽しいですね~




信長の愛した刀とその時代の刀剣展

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

新年1月7日から、本能寺大賓殿宝物館におきまして「信長の愛した刀とその時代の刀剣展」が開催されます。
展示刀剣は下記などです。

 刀  銘 日州古屋之住国廣
 刀  銘 若州住冬廣作 八幡大菩薩
      天正八年二月吉日(棟に)十大
 刀  銘 播州明石住長田兵衛左衛門尉吉長作
      天文二十二年二月吉日
 刀  銘 薬王寺(明智左馬助秀満所用)
太刀  銘 光忠
 刀 無銘 光忠
短刀  銘 吉光
脇差  銘 相州住綱廣
脇差  銘 備前国住長船忠光 彦兵衛尉於作州和介庄作之
      延徳ニニ年霜月吉日
 刀  銘 備前国住長船源兵衛尉祐定作之也
      天正六年戌寅八月上吉日

押形も展示して頂きます。内容は下記の通り

太刀  銘 長光
 刀  銘 九州肥後同田貫上野介
 刀  銘 備前国住長船彦兵衛尉祐定    
      永正元年八月吉日
 刀  銘 備州長船清光
      天正二年八月日
 刀  銘 備前国住長船清光
      永禄九年二月日
脇差  銘 備前国住長船次郎左衛門尉勝光 同左京進宗光
      為大村弥四郎勝原鐡行作州之 永正五年八月吉日
脇差  銘 備前国住長船忠光 彦兵衛尉於作州和介庄作之
      延徳四年霜月吉日
脇差  銘 備前国長船祐定作
      永正八年二月日
短刀  銘 陸奥守大道作(京都国立博物館蔵/下間基子氏寄贈 2024年度京都国立博物館修理事業に於いて記録として採拓)
脇差 朱銘 貞宗 
      本阿(花押)(柏原美術館蔵)

法華宗 大本山 本能寺



再刃

今年も、再刃の刀、或いは再刃と思われる刀、再刃とされていないが個人的に絶対再刃だと思う刀、また、再刃といわれているが個人的には再刃では無い可能性を感じる刀など色々見ました。
昔に比べ再刃判定は断然甘くなっていると感じています。私は再刃にうるさかった時代も知る世代であり、それ以前はもっと厳しかったのかもと思ったりも。。
再刃の事はまた書きます。