名研師たち

最近の研ぎではなく、古研ぎの刀で見事に研がれた物に度々出会います。
古研ぎと言っても江戸時代から昭和まで幅広く、判りづらい話ですね。
研磨した時代の判定は慎重にしなければなりません。
普段、いつ頃の研ぎか?と聞かれたら諸条件と見た目から大体この位前じゃないでしょうか?とお答えしますが、根拠は薄いです。10年ほど前でしょうか京都で、「諏訪上宮御釜作貞宗作 康安元年三月日」の銘の有る刃長九寸九分の短刀を拝見した事が有ります。
確か全体に白研ぎの様な状態で、各角はかなりダレてしまい、錆びも多数発生、さらにその錆びをペーパーで磨って取った様な状態だったと思います。(確か立派な塗り箱(桐だったか?!)や上等な白鞘に入っていました。それらに外見上の傷みは有りません)
通常はこの様な状態だと、幕末~明治以降一度も発見されず眠り続けて居た故この様な状態になったのだろう・・・などと勝手に想像しますが、銘が銘だけに興味が有り色々調べた結果、昭和25年頃、本阿弥光遜が研磨した事が分かりました。

この釜作貞宗、刀剣美術や明治の鑑定家今村長賀の押形集「今村押形」所載品だったんです。
特に刀剣美術では何号にもわたりこの「釜作貞宗」について刀剣界の重鎮達が議論し話題になった物だという事も分かりました。
(昭和25年当時本阿弥光遜が研磨した事も書いてありました)
その後いつ頃からその存在が忘れられたかは分かりませんが、愛玩されない刀は僅か数十年の内にあの様な状態になるのか・・・と思い知りました。

書こうとした事から大きく外れてしまいました。
先日のブログで「拭いや刃取りの奥深さをお伝え出来ないものかと思うのですが・・・。」と書いたのですが、ここ数日何かよい方法は無いかと考えていました。
最近ちょっと遠のいていた現代研磨の礎を築いた方々についてのお話を読んでみようと、江戸期から現代へと流れを作った本阿弥忠敬、井上行蔵、石川周八、本阿弥琳雅、そして平井千葉。さらに昭和初期に活躍された多数の名研師のお話を読み返しました。
先日も書いた「私などが書くのはおこがましいとも思うのですが」と言う気持ちがさらに強くなってしまいましたので、やめておきます。
私などがブログに書いてもただの苦労自慢以上にはなりません・・。
「研磨工程を」の方はもう少しで仕上がりです。 時間を見つけてまたUPします。

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