右手指・右手差・馬手指・馬手差

過去のブログをみていたら、「右手指・右手差・馬手指・馬手差」を統一感無しに使ってしまっていました。
特に深い理由はありませんが、今は字面がカッコいいからという気持ちで「馬手差」を使おうと思っています。
しかし『法隆寺西圓堂奉納武器』では「右手指」だったはずで、その事を書く時に勝手に変えるのも良くないですし・・・。

「馬手差」「右手指」などで検索したら、この拵についてちょうど同じ様な事を考えている方が居られました。
ですよね、やはり気になりますよねぇ。通説・定説だけでは納得できない事って結構あります。



本能寺「五箇伝の名刀展」大和・山城編『尻懸』

本能寺宝物館で開催中の「五箇伝の名刀展」出陳刀、朱銘、則長 (大和国尻懸派/特別重要刀剣)。

柾気の強い地鉄に連れた互の目を焼く、尻懸派の典型作です。
押形でも確認できる通り、刃中の働き豊富な名品です。
これ→「尻懸刀全身押形 | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区

千手院、手掻、当麻、保昌、尻懸の五流派は「大和五派」と称されますが、これらは大和の寺院と何らかの関係があったと考えられ、例えば尻懸則長の作品は法隆寺に20数口、談山神社には40口以上が伝来することで知られます。また談山神社からは「大和則長作」の太刀が明治天皇に献上されています。
尻懸派の作刀地は諸説あるものの、奈良県山辺郡旧岸田村が有力とされています。現存作の多くは則長銘で、鎌倉末〜室町期にかけて同銘で代を重ねますが、則長の他、則国・則真等20名以上が銘鑑に見えます。しかし東博所蔵の則真の剣を除けば則長以外の在銘確実な作品は乏しく、いまだその実態を掴み難い流派です。
当麻と尻懸 | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区



法隆寺特別展「戦国争乱期の法隆寺 -秀長とその時代-」

法隆寺特別展「戦国争乱期の法隆寺ー秀長とその時代ー」をみてきました。

↓展示リスト

西円堂奉納武器はどこにあるのか、ずっと気になっていたのですが、法隆寺さんで保管されているそうです。
今回見たかったものは、45-4,5の「黒漆鞘右手指」一択でしたが、行ってよかったです。
「法隆寺西圓堂奉納武器」で散々みていた右手指拵ですが、写真とはかなり印象が違いました。
(この本の右手指ページには12口の右手指拵が掲載されていますが、展示の品の特徴からみて、それらとは別の拵だったのではないかと思います。まだ他にも馬手差拵があったのですねぇ)

西円堂の馬手差拵ですが↓この投稿の拵の様に、ゴロンと太い鞘に、幅いっぱいの栗型のタイプだと思っていたのですが、現物は全く違いました。
姿を | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
鞘は例の如く薄く、そして鞘尻に向かって更にペタペタに薄くなり。
栗型はコロンとはしていますが、鯉口に非常に近く、思いの外小さく低く。
そして何よりカッコいいのが返り角。馬手差の他にも複数の腰刀拵がありましたが、いずれも華奢で。
返り角の、位置、角度、開き方、細さと、古い拵を写した現代作に、これを再現した物を私は見た記憶がありません。

法隆寺西圓堂 薬師如来像 | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
西圓堂 | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
馬手指(一) | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
馬手指(二) | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
姿を | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
法隆寺へ | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
馬手差の拵を | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
馬手差 | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
小柄櫃 | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
無題 | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
入鹿實可拝見。馬手差しのこと | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
鷹匠 | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区



5月、京都府支部入札鑑定

1号 太刀か刀。多分太刀だと思う。備前。反りやや深く、踏ん張りあって元先の差がつく姿。
下半焼きやや高く、物打付近は大人しい。下半の互の目丁子はやや腰開きになるも間は比較的詰まる。互の目・丁子の房は大きめ。
応永地鉄。応永地鉄を残した永享よりまだ下がる人ではなかろうか。
則光と入札。

2号 菖蒲造脇差。スッキリと垢抜けた姿態。身幅やや広めでフクラスッキリ。少し島田の風を感じる丁子を全体に焼き、帽子は直ぐに僅かに湾れ。
これは以前押形を採らせていただき、鑑定刀に使わせていただいた脇差だと思う。巡り巡って再会。
越中守正俊と入札。

3号 大きく寸が延びた平造り。大きくといっても、おそらく尺3~4寸か。反りがかなり深い。
このサイズでこの反りだとこれだと思う。親国貞と入札。

4号 脇差。少し肌立ち流れる。互の目。
ちょっと分からず。島田義助と入札。

5号 刀。大切っ先。反り浅い。地錵付き潤い明るい地鉄。流れる白い肌があり、平地に湯走りも見られる。互の目は丸く、出入りさまで目立たず。
金筋目立つ信秀風の帽子だが、ここまで延びる物を知らず。互の目の調子も信秀ではない。
固山宗次と入札。

国入


時代違いイヤ
国入

1号、上げるか下げるか迷ったが、互の目の調子で下げてみて勝光と。しかし判者より下げるべからずのヒントを頂戴し、盛光に変更。
4号。どれの事かは不明だが、どこかから「越前で通り」との声を聞いてしまった。
という事で、越前で通りと考えられるのは4号しかなく。錵筋でばさけていて気付いていなかったが、確かに箱風の互の目だった。
加州景平と入札。
5号、清人を手に取った事があったか確認したところ、2008年の鑑定刀で見ているようだが、それも含め記憶には無い。
互の目の形が予想外だが、地鉄は流石に良質だと思った。清人と入札。

当同然



1号 太刀 銘 備州長船康光
2号 脇差 銘 越中守正俊(日刀保京都府支部入札鑑定会 | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
        寛永三年八月吉日
3号 脇差 銘 摂州住藤原国貞
        元和九年二月吉日
4号 脇差 銘 加州住藤原兼若
5号  刀 銘 慶応二年春藤原清人造之
        我為者鞘爾納而君之為
        國仁輝久益荒雄之太刀

3号の親国は地刃をほぼ見ず反りだけで入札してみたが、親国の反りはやはり極めて特徴的。