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大平の刃艶を

2017年02月06日【ブログ】

天然砥石は各山ごとに性質が微妙に異なる。
石を使う側の研師も皆同じ事をやっている様に見え、実はそれぞれ微妙に違うスタイルを持っていて、砥石の好みにも違いがある。
例えば刃艶は大平山の内曇りで作った物が一番オーソドックスだと思うが、もう13、4年ほど大平の刃艶で刃取りをする事は無かった。
大平の刃艶は自分の刃取りスタイルには合わないと感じ、色々探す中で自分に合った山の石を見つけ使って来たのだが、今回それでは刃取れない刀に出会い、久々に大平の刃艶で刃取りを。
大平の良い面、少し好みでは無い面がちょうどよい具合に作用し作業がはかどる。というか今回この大平内曇りの刃艶が無ければ出来ない刃取りだったかも知れない。
刃取りとは、本当に奥が深い作業。
最近は刃取りの事を、「本来の刃文を見えなくしているただの厚化粧」などと思ってしまっている人も多いと感じるが、そんな浅いものではない。

色々拝見

2017年02月02日【ブログ】

某日、研ぎ場にて幕末の紀州三工を拝見。
元禄頃以降、享保頃は少し盛り上がりがあるもそれ以外は日本刀低迷期といえ、日本全国の作刀数も減っていたと思われる。
日頃目にする刀もその時期の品は極端に少ない。
幕末に入り需要も増え各地で多くの刀が造られていて、刀剣美術誌に取り上げられる郷土刀の研究もこの期の物が多い。
この様な研究には文献資料も大事だが実刀が最も重要で、世に知られていない刀の価値を理解し収集される方は本当にすごいと思う。

研ぎ場にて兼光を拝見。
何に見えますか?と問われ、同国別の銘をお答えしたが、やはり地鉄の格を見なければならず、反省する。

出先にて当麻、古備前在銘太刀を拝見。
ずっと言っているがやはり当麻は好きな刀だ。
大和物は五派それぞれに特色があるが、共通点やほぼ完全に重なる作風もある。そしてどの流派でも無銘が大半であるために、何を重視するかで極めが五派内で動くものだと思う。(まぁこれを言い出せばどの国どの時代でもそうなのだが)
そんななか、この当麻は典型作だと思うのだが、こういう品を見るたびに巷で度々聞く”大和物は人気が薄い”との言葉が信じられない。
本当に?よい大和物を見た事が無いんじゃないの?

研ぎ場にて古備前在銘太刀を拝見。
大変良い地鉄。
もちろん時代出来位とも最上の古備前だが作風的には光忠や守家に近いものも感じ、大変興味深い。
後で図譜等を調べてみると古備前にはこの手の出来もまま有るようで、作風の幅広さを知った。

研ぎ場にて山浦系の大変珍しい錆身を拝見。
刀美で調べてみると、どうやら現存数振りの品でこれが新発見の一振りに加わる事になりそうだ。

錆びて眠っている刀には、貴重な品も多数ある。
朽ち果てる前に何とかしましょうよ。

今年も日本刀文化振興協会の押形コンクールが行われます。
日本刀文化振興協会の会員や刀職者である必要はなく、広く一般からの出品を受け付けています。

募集案内はこちらをご覧ください。

第2回「特別公開部門“Sword Oshigata Art”部門」募集のご案内

粟田口は青いか

2017年01月21日【ブログ】

「粟田口は青い」とは古い時代から言われているが、現代の研磨で本当にその鉄の青さが分かるのだろうか。
そもそも拭いが入ってしまった後の鉄を見て鉄の色を語ってよいものかどうか、疑問に思ってしまう。
拭いとは研磨材の微粉末で、前工程の地艶終了後に行うが、拭いの前後で刀身の色は大きく変わる。
地艶が終了した時点では刀身の色はグレーに近いが、拭い工程により一気に黒味を増し、色としては前行程とは全く別の物になってしまう。

一般にいわれる北国物の黒味も研ぎ上がった状態の刀身、即ち拭い工程以降での色を言っているわけで、厳密に言えばその意味は鉄の色よりも鉄質を指しているといえないだろうか。
例えば「拭いに反応しやすい鉄が多く含まれる」というような。
つまり「拭いにより黒くなりやすい鉄を多く含んでいるため、研ぎ上がった刀身には他の刀よりも黒味の強い肌が目立ち、そのため北国物は黒く見える」と。

拭い以降では鉄本来の色が見えないとしたら、どの段階がよいのか。 荒砥でざっと研磨した状態か、下刃艶を刀身全体にあてた状態か、それとも下地艶或いは上げ地艶か。
その辺を深く考えた事がないので私には分からないが、少なくとも拭い以降に比べれば同条件に近い状態での比較が出来る段階はあると思う。
実際研磨していても仕上げのいずれかの工程で、青味の強い鉄、黒味の強い鉄を感じる事はある。

因みに、拭い工程を行う事を「入れる」「差す」などと表現する事からか、地肌の隙間に黒い拭い粉が入る事で刀身が黒く染まると思ってしまっている人も多いようだが全くそうではない。
研磨材は多種多様で色も様々ある。例えばホワイトアランダム、グリーンカーボン、ダイヤモンドパウダー、酸化セリウムなどの研磨材は拭い材料として単体でも使用可能だが、いずれも白っぽい粉末だ。
ホワイトアランダムなどはその名の通り真っ白な粉末で、肌目に粉が入るならば刀身は真っ白になってしまうところだが、残念ながらホワイトアランダム単体で刀身を擦ると刀身は真っ黒ピカピカになってしまう。
Wikipediaで”差し込み研ぎ”について見てみると、これまた地肌の隙間に対馬砥の粉を挿し込むと言うような事を書いているが、これも間違いだ。
確かに対馬砥の粉は黒っぽい色をしているが、真っ白い細名倉砥の粉末でも同じように差し込み研ぎは可能である。

最初に書いたが「粟田口は青い」、これは昔から言われているが、昔だからこそ見えた色ではなかろうか。
今ほどは研磨のバリエーションが無かった時代。拭いの後であったとしても、鉄本来の色に近い色を同条件で比較する機会も多かったはずだ。
現代の研ぎを見て、粟田口は青い、現代刀は白いなどとあまりに簡単言ってしまう場面に出くわす度に色々考えてしまう。
ただもしも、「私には見えている。お前には見えていないのか? 研師のくせに。」などと言われてしまうと、もうそれ以上は何も言わない方が無難そうだが。

地鉄の黒味

2017年01月20日【ブログ】

昨日ブログで「地の黒味」について少しだが触れてしまったので補足をしておきたい。
越前や越中などの所謂北国物等の解説に「地鉄が黒い」という表現がよく使われる。
例えば誌上鑑定などは答えへと誘導するためにあえて分かりやすくお決まりのヒントを使うもので、北国物が出てくれば大体は「地鉄に黒味がある」などのヒントを入れる。
これは出題者のサービスで、その出題刀を実際手に取って見た時、必ずしも黒味があるとは限らない、くらいに思っておいてもよいのではなかろうか。

刀の色は研磨によってかなりの違いが出る。
内曇り工程の時間や引き方、砥質。地艶の時間、力、質、厚み。拭いの材料、時間と力。
これらの組み合わせは無数にあり、それぞれで仕上がりの色は異なり、白くもなれば黒くもなる。
しかし、北国物の地鉄が黒いという見方は、この研磨による黒みとは違う事を言っている。
研磨の違いに関わらず、やはり黒い鉄には黒さがあるわけだ。
しかしそれは、同条件で多数を比較した経験がなければそう簡単には見分ける事が出来ないと思う。
それぞれ違う研師が違う研ぎ方で研磨し仕上がった刀での比較は、どうしても研ぎによる色の違いに惑わされ、難しい。
”いやいや康継の刀はいつも黒いではないか”
果たしてそれは本当に鉄の色を見ての事だろうか。
研師は刀に合った研ぎをするとはよく言うが、”色”もそのように操作する事は多い。
北国物を北国物らしく研ごうとすれば、拭いはしっかり効かせ、黒味のある印象に仕上げる。康継などは普段より黒めに拭いを入れる研師も多いと思う。
因みに昨日も書いたが私は入札鑑定の時、地の黒みを入札の決め手にする事は無い。それはあまりに難し過ぎるので。入札に苦しんだ時の慰めに使うくらいか。

日刀保京都府支部新年入札鑑定会

2017年01月19日【ブログ】

今年の新年会は雪になりました。朝から子供達と雪遊びで既に腰が痛い。
新年会、例年は一本入札ですが、今年は三本です。
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一号 刀
反り浅く、寛文体配。涛乱。よく詰み美しい地鉄。鎬地柾にならず。焼き刃の縁が良く整い地に散る事は無い。
横手下三つで切っ先形状及びフクラも特徴的。
坂倉言之進照包と入札。

二号 刀
一号に似、一段と反り浅く感じる。大互の目を直刃でつなぐ。焼き頭は沸え、谷に砂流し掛かる。焼き出し無し。
少し上がっているのか。。
全く分からず。
地に流れは無いが砂流しなので、左陸奥と入札。

三号 脇差
尺五寸前後か。反り気味。匂い出来の具の目。腰は詰まり焼き頭は低め。少し箱がかる部分も。会場の都合上、照明のバックに暗幕が無いのでいまいち見え難いが乱れ映りが良く出ていると思う。蝋燭帽子。棒樋で腰に梵字。応永杢。
応永の短寸本造り脇差の典型作だと思う。
長船康光と入札。

四号 脇差
短め。鎬地、平地とも丹念に晴らし拭いもよく効いて上手い研ぎ。ちょうど4号の上に蛍光灯が無く、地が全く見えず惜しい。
板目で若干肌立ち気味か。湾れに一部互の目。匂い口深く、刃中働き豊富で、刃縁ばさけ気味だがよく冴える。
おそらく慶長元和寛永の人とは思うが全く分からず。
北国物は地が黒いといわれ、確かにその傾向が有るとは思うが入札鑑定でそれを根拠に入札する事は無い。
消去法の結果、刃縁もばさけてるし、それに”地も黒い”ので・・。と自信のない時の理由付けに黒味を使う事はある。
康継と入札。

五号 脇差
四号に近いサイズ。涛乱風の大互の目。足等刃中よく働く。刃縁の錵が強く(粒が大きいわけではない)、同じ大阪新刀だが一号とは対照的な刃縁となる。
津田助直と入札。


イヤ

イヤ

二号、そうかぁ、反りの浅さが気になっていたが、この国にこういう姿を度々見る。しかし微妙過ぎて箱乱れとは言い難い。
後代兼若と入札。

四号、畿内かぁ。。となると堀川か。肌立ち気味だがザングリとはまた違う。イヤこれはザングってると見るべきか・・。
国廣ではないが、国政国安廣實などは数えるほどしか見た経験もなく。。親国は沢山みるが選択肢には入らない。国儔とも刃縁が違うし。
苦しい時のこの人。出羽大掾国路と入札。





一号 刀 銘 坂倉照包
二号 刀 銘 賀州住兼若(三代)
三号 脇差 銘 備州長船康光 応永十九年正月日
四号 脇差 和泉守藤原国貞
五号 脇差 銘 津田越前守助広 延宝元年十二月日

四号は親国でしたか。親国の刃は凄いと度々書いている気がするが、今回の脇差は普段見るタイプ二つとはまた違う良さだと思う。地鉄にも違いがあるので何か特別な条件の作なのかと感じる。
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