ブログ

押形完成

2017年08月19日【ブログ】

IMG_7518

太刀の全身押形が完成しました。
押形の刃文描写の方法は、墨、鉛筆等いくつかありますが私は墨を使う方法で行っています。

墨での描き方にも描く人それぞれのやり方がありますし、鉛筆を使う場合も描く人によりかなりの違いがあります。
例えば同じ刀を別の技法で描き比べれば、刃文の形こそ同じですが、各技法が表現された全く違う雰囲気の押形となるはずです。
押形の基本は”記録”ですから本来は描き手の個性は必要なく、刀の個性を捉えありのままに再現する事が正しいのでしょう。ただ、技法が違えば出来た物の雰囲気は変わりますし、描き手それぞれの視点の違いもあります。
絵画から絵画へと模写するならば、”完全”もありうるでしょう、しかし見る人の心次第で表情を変えるとまで言われる刀を描くわけです。
完全な記録など不可能。
という事で私の押形は、出来るだけ本物に近い雰囲気(刀を手に取って見ている状態)を描き出せるよう努力するというスタンスで描きます。

IMG_7519
お盆に東大寺近くの書道具店で小さな硯を購入。こういう道具が一つ増えるだけで楽しく描けます。

太刀の全身押形を描く

2017年08月15日【ブログ】

IMG_7506
平安末期乃至鎌倉初期、平安末期乃至鎌倉初期、鎌倉中期のウブ茎在銘太刀三振りの全身押形を描き進める。
一番右は8割程度完成。左は4割ほど。しかし時間もなくて真ん中の太刀は輪郭だけで諦める事に・・・。
と思って居ましたが、全身の輪郭に部分刃文だけを描き記録とする発想、これは有りかなぁ。。

古い鐔

2017年08月14日【ブログ】

IMG_7291IMG_7292
傷んではいますが味わい深い鐔です。
こういうのはどうなんでしょう、室町も中期以前まで上るのでしょうか。古そうです。

7月例会

2017年08月07日【ブログ】

入札鑑定

一号 刀
板目肌立ち広直刃。フクラ張り帽子深い。
末備前。

清光と入札。

二号 刀
反り浅め。かなり重い。丁子や互の目。乱れ写り。帽子素直。鎬柾。

石堂是一と入札。

三号 刀
少し反り浅。綺麗な肌。細めの中直刃。肥前。

近江大掾忠広と入札。

四号 短刀
少し反り、身幅広め。互の目。棒樋。

兼房と入札。

五号 短刀
素剣や爪。綾杉。錵付く互の目。
上手な下地研ぎ。彫りも上手い。自身彫りか若き日の貞利先生か?

月山貞一と入札。

一号 刀 長船幸光
二号 刀 無銘(大宮)
三号 刀 近江大掾
四号 脇差 兼正
五号 短刀 月山貞一(昭和)
IMG_7460

外国人が増えているそうです

2017年08月06日【ブログ】

いつ頃から増えたのか、特に増えたのは近年からだそうですが広島平和記念資料館(原爆資料館)の外国人入場者数が増加しているそうです。
IMG_7258
先日初めて広島に仕事で行きましたが、広島駅で多くの外国人と一緒に新幹線を降りました。
大きくて綺麗な町。こんな特別な気持ちで街の景色を見渡したのは初めての経験でした。
8月6日のテレビやネットニュースやら、昔と変わりましたね。まぁ自ら得ようと思えば昔よりはるかに沢山の情報が得られる訳ですからそうなりますか。
私はまだ原爆資料館には行っていません。詳細は省きますが単純に言えば精神的に極めて重い負担のかかる場所だと思うからです。

昔のこと

2017年07月19日【ブログ】

子供に自分が小学生の頃の話を度々します。例えば1980年だと小学1年かな。
当時体罰は日常でしたのでうちの小学校の教師は竹の根で作った鞭や木槌を持っていて、事あるごとに頭をバシッっとやっていました。(地域差があるかも知れません。秘境と呼ばれる様な田舎だからまだこんな体罰があったのかも)
逃げ惑う子供達を背後から竹の根の鞭でバシーン!なんてのも日常で、やられたらモヒカン状にミミズ腫れになります。
それでも子供も親も誰も文句を言う人は居ませんでしたし、今思い返しても正直特に問題だとも思わないです。時代だなぁと思うだけで。
もう37年も経つのかぁ。。あぁ恐ろしい。
しかし、数字にしてみれば結構経ちますが当時の記憶は鮮明だしそんなに昔の事には感じないです。

親や身近な人から度々戦争体験を聞かされて育ちましたが、1980年当時で終戦後35年です。
学校で原爆の写真を見せられる授業が毎年8月にあり、写真が怖いので朝から憂鬱だった記憶がありますが、戦争の話なんて遠い昔の事の様に聞いていました。
1944年の東南海地震ではうちの田舎も結構な被害があり、家が傾いたとか田んぼが割れて鯉がピタピタ跳ねてたとか、ゴォゴォと余震が何日も続いたとか、そんな地震の話もずっと聞かされて育ちましたが、そうかぁ、たったの三十数年しか経って居なかったのかぁ。