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現代刀の入札鑑定大会が行われます!!

「日本刀の日」制定記念『第1回「現代刀目利き認定大会」in岡山』10/5(土)
出題刀はなんと30振り。
30振りの現代刀を手に持って鑑賞できるわけです。
そしてその刀で入札鑑定。

詳細はこちら→ 『第1回「現代刀目利き認定大会」in岡山』

続全身押形

2019年07月24日【ブログ】

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とりあえず刃文はつながっているので、徐々に墨を濃くして行く

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角度の関係でいつも苦手な帽子も描き、さらに濃く。
少々濃すぎるようにも見えるが、この後映りを入れるのでこの程度が良いはず。
押形を描く時一番苦労するのが刃文を見る事。
手に持って見るのは簡単だが、置いた状態で刃文を見ながら描くのはなかなか難しい。
刃文が見える位置に照明を合わせたり、自分の姿勢を変えながら刃文を探し、描いて行く。
この刀は刃文を見つけるのが容易で、ナチュラルな研ぎの古刀でここまで冴え冴えとした刃文の押形を描くのは初めてかも知れない。

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映りを入れる時ネリ消しは使わない派だったので、先日娘にネリ消しをあげてしまった。。
筆箱を探したがなかった。コンビニにもなし。

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普通の消しゴムで地斑風の乱れ映りを描き出す。結果この方が私には合ってる気がする。
大刀全身を連続4振りで腕が痛い。。
残り片面で完成。

全身押形採拓

2019年07月23日【ブログ】

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刀。
諸々の予定もあり、あまり時間をとれそうもないので輪郭と茎をざっととり、刃文の下書きを始める。
(輪郭や茎はあとで修正する)

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墨で描き始め。
大変よい刀。

試す

2019年06月24日【ブログ】

古研ぎで数か所に深い錆が出ているが、全体には研ぎ上がりが維持されており、そして大変良い差し込み研ぎ。
この様な状態の場合、即錆び切りをしてしまうのはもったいなく、寸刻みに仕上げ方法を試す。
昔の上手な差し込みでも下地研ぎは至って雑。この様な例は多い。
因みにいつ頃の研ぎかは不明。おそらくこれを見る人の多くは幕末か明治の研ぎではないかと言いそうだが、やはり不明だと思う。
刃文は石堂そのもので、銘は正清。
どうやら銘鑑漏れの様だが、古い刀剣美術を調べると記載があり、寛文頃、岡山城下で作刀した岡山の郷土刀的存在であることが分かった。

先ほど書いた様に刃文は石堂そのもので乱れ映りもよく出ている。
この映りの出方はおそらく裸焼きではないかと感じる。
各種差し込み研ぎで20手ほど試したが結局元の古研ぎと同じ状態にもどせた場所は無し。
古研ぎ箇所は長年の打ち粉による手入れなどにより大変味わい深い状態となり、これを新しい研ぎで再現する事は非常に難しい。
継ぎ研ぎで古研ぎに合わせる事は日々頻繁に行っているわけだが、その場合部分研磨を行った箇所が綺麗に見え過ぎないように古研ぎに合わせ汚しを行う。
継ぎ研ぎで古研ぎに合わせる事と全体を美しく研ぎ上げ古研ぎの味わいを出す事では難易度が全く異なる。
全面に打ち粉ヒケが付いた様な状態でよいのなら再現も簡単かもしれないが、そうもゆかず。。

その後錆び切り。
見た目は石堂だが砥当たりは全く違い、恐ろしく硬かった。
これは内曇りに時間がかかる。

カマス鋒

2019年06月15日【ブログ】

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押形の鋒は若干のフクラが付き完全なカマス鋒とはなっておらず、”フクラ枯れカマス鋒風となる”と表現される状態でしょうか。
この押形の刀は実物を見るとカマス感が一段と強いのですが、押形にした時の横手位置がコンマ数ミリ低過ぎたか、それとも小鎬先の留め位置が微妙に低かったためか、或いは鎬がかなり高い造り込みで身幅が押形と現物で微妙に違うためか、またフクラのラインも微妙に違うのか、カマス感が少々薄れた押形になっています。

鋒の整形とは非常に難しいもので、「髪の毛一本で大きく変わる」という言われ方をする事がありますが、それは大袈裟ではありません。

猪首鋒やカマス鋒は文字としてはよく見かける物ですが、実際その様な鋒の太刀を研ぐ機会はめったにありません。

鍋島景光

2019年06月14日【ブログ】

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続けて彫のある短刀の全身押形を採拓させて頂きました。
鍋島家に伝わった景光の短刀に倣い、高橋貞次が作刀したものです。

表 元亨三年二月日 以余光鉄 備州長船住景光
裏 鍋島景光ニ倣ㇷ 源貞次 紀元二千六百一年八月日 彫同作(花押)
棟 為井内彦四郎氏作之

片切刃短刀で、表 樋中に素剣の浮彫、裏 孕龍。
この造りは、貞次が倣った景光元亨三年(重美)の八年前、来国俊正和四年の短刀(重美)にも見られます。
来国俊の彫りが後彫りでなければ、景光は来国俊の作に倣ったのかも知れません。(大本となる作は海老名小鍛治宗近と考えられるようです)
また、少し寸は延びますが肥前忠吉にも同作があり、特別重要刀剣に指定されています。

貞次作の本短刀は、紀元二千六百一年(1941年)の作刀年紀がありますが、鍋島家に伝わった重美の景光短刀は1940年、靖国神社遊就館で開催された「紀元二千六百年奉祝名宝日本刀展覧会」に出陳されています。そこで景光短刀を見て影響を受けたのか、または棟銘にある注文者、井内彦四郎が遊就館で見て注文をしたものか、興味は尽きません。

紀元二千六百年奉祝名宝日本刀展覧会出陳刀図譜景光掲載頁(国立国会図書館デジタルコレクション)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1139254/201
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1139254/200

(樋中の素剣の浮彫ですが、彫りの底まで硬く磨り写してしまったため、立体感の無い平面な彫りとして記録する事になってしまい、この採拓方法は正しくありませんでした。底に向かいグラデーションを付けるか、協会の採拓法が正しいと思います)