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京のかたな 展示№193

2018年10月11日【ブログ】

展示№193 短刀 銘 大阪住高橋晴雲子信秀七十五歳作
           於京都帝国大学鍛之 大正六年十二月吉日

刀は時代が古いほど軟らかく、新しいほど硬い傾向にあります。
しかしあくまでその傾向にあるというだけで、全てがそうではありません。硬い古刀もありますし軟らかい現代刀も多数あります。

”錵物は折れる”という話を聞く事はありますが実際どうなのでしょうか。私は切った事がないので分かりませんが、そう単純では無いと思っています。
「脆い=折れる」は正しいですが「硬い=折れる」は言葉足らずですし、「錵出来=硬い」は必ずしも正しいとはいえません。
過去に研磨させて頂いた特に硬い刀を複数あげたなら、その多くが匂い出来或いは小錵出来の刀です。
それらは硬過ぎて研磨に大変苦労しましたが、研磨中の刃こぼれの心配などは全くなく、硬さと同時に大変粘りのある鉄質でした。
これは研磨した時の所謂”砥当たり”による硬軟の判定なのですが、この砥当たり判定も砥石の粒度や質により様々で、例えば金剛砥で硬く苦労をしても内曇りの効きは早い刀、またその逆もありこれまた単純ではないのです。

さて展示№193、高橋長信が京都帝大で鍛えた刀、匂い主体の互の目に所々小錵の錵筋が走ります。
図録解説中に「日本刀にあるまじき高硬度で製作されていることが判明した」とある通り、強烈な硬さでした。
京都帝大内で日本刀に関する様々な実験を行うなか製作されたと考えられ、大変興味深い作品です。

京のかたな 展示№192

2018年10月05日【ブログ】

展示№192 脇差 銘(忠以花押)

姫路藩の酒井家二代藩主、酒井忠以(ただざね)の作です。
昭和45年の刀剣美術誌第164号によると、酒井家では忠恭、忠以、忠実、忠学、忠顕など歴代藩主が作刀を行った記録があるそうで、展示の脇差もその一つです。
この様に、皇族、公家、武将など刀工ではない人が打った刀を慰打ちといい、少なからず存在します。慰打ちの刀はおそらく殆どの工程を相手をつとめる刀工が行っていると考えられますが、中には展示№190,191の有功の様に作刀数などからも慰打ちの範疇を超えるような人もいます。

京のかたな図録の忠以刀解説中、後に琳派の絵師として活躍した弟の酒井忠因(抱一)も忠以とともに作刀を行った事が玄武日記に記載されており、昭和四十年代までは個人の愛刀家の手にあったことが確認されている旨記されていますが、現在その行方は分かっていません。
この貴重な酒井抱一の刀は刀美164号及び鑑刀日々抄(続)に部分押形があります。
刃長二尺三寸一分、反り九分、目釘穴二。
太刀銘で「於姫路忠因作之 天明二年二月日」と太鏨の草書銘。
平造りの越中守藤原貞幸の脇差と大小で紀州家伝来という事です。
この貴重な抱一の刀、今はどこにあるのでしょうか。

 

京のかたな 展示№26

2018年10月04日【ブログ】

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展示№26 太刀 銘 (菊紋) 一

少し肌立つも細かく地錵の付く大変上質な地鉄。区上を焼き落とし水影状に映り立ち、腰刃を見せ、その上は総体に低く焼き、刃中は金筋等豊富に働く。
焼き落とし水影風を見せる菊御作の特徴に、腰刃を焼く古一文字の作風を合わせ持つ、即ち菊御作でいう、粟田口、古青江、古一文字の3タイプ中、古一文字タイプという事になります。

本太刀は重要美術品に認定されており、重美全集では「太刀 銘 一」と表記され、鎺下に菊紋があるも解説ではそれについてふれていません。(認定時の写真に菊紋は写っていますので、後に入れた様なものではありません)
また本太刀は菊御作として協会の特別重要刀剣にも指定されています。
展示№22,23,24,25に見るように、通常の菊御作は菊紋のみを切り刀身自体は無銘です。
本太刀を菊御作とするならば菊紋に一の字を添えた他に類例を見ない貴重な資料という事になります。

「一」の銘は様々あり、この一文字にみるように斜めに切り下ろすものを斜一文字(はすいちもんじ)と呼びます。
この斜に切られた一の字は、はたして文字なのか、それとも符牒なのか未だ不明です。
しかし一の銘の中では一番古い手の物と考えられており、他には尚宗、則宗の在銘の品に斜一文字を切り付けた例があります(いずれも佩裏)。

 

京のかたな 展示№174

2018年10月01日【ブログ】

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展示№174 太刀 銘(菊紋)山城守藤原国清 寛永十年二月日

京都市東山区にある新日吉神宮(いまひえじんぐう)所蔵の御刀です。

国清は山城新刀の堀川国広門で後に越前に移住しています。
この御刀は押形にみるとおり、一般的な新刀と比べ大変反りが深く、九分六厘の反りです。
新刀の中では「美しい反り姿」といわれる事の多い肥前刀でさえ、平均六分程度の反りですので、この九分六厘の反りがいかに深いかが分かります。
国清は直刃を最も得意とし、本作も匂深の中直刃を焼いています。
区際に水影風の焼き出し映りを見せるなど堀川派らしさもありますが、地鉄は完全に越前風であり、反り姿と合わせ古風な出来となっています。
その事からか、以前京都支部の入札鑑定会に使用させて頂いた時は多くの札が古刀へと入れられました。
国清の作品は比較的多く残されてはおりますが年紀作は稀有であり、奉納品としての特異な姿と合わせ貴重な作品です。

京のかたな 展示№12

2018年09月30日【ブログ】

展示No.12 太刀 銘 有成 (号石切丸)
有成はこの石切丸が唯一と言われていますが、以前もう一振りの有成を拝見した事がありました。
過去ブログ
http://kyoto-katana.com/archives/6502/
更に過去にも少し書いていたようです。
https://kyoto-katana.at.webry.info/201309/article_1.html

京のかたな 展示№59

2018年09月30日【ブログ】

定利短刀
京のかたな展、展示№59 短刀 銘 定利

国宝 太刀 銘 定利の隣に展示されている短刀の定利です。
定利在銘の太刀は例えば重刀指定なら十数振り程度で、普段頻繁に拝見出来るほどの数ではありません。
定吉となると更に少なく東博の品など極わずかです。
(重文に左文字一派として指定された定吉があり銘の書体が定利風で綾小路説もあったようですが、造り込みや鑢目その他諸条件から左文字一派でよいようです)
重刀指定品の中に在銘末行が一つあり、これも綾小路一派と見られる品です。
この末行とは少し書体が異なりますが、厳島神社にも綾小路とされる在銘の末行が残されており、昔展示で拝見し二尺七寸を超えるその大きさに驚いた事を思い出します。また特保鑑定で在銘・無銘の綾小路末行を拝見する事が度々ありますが、いずれも定利と通ずる出来を見せています。

さて短刀定利、光山押形所載の品です。
この時期の短刀の現存品は粟田口派以外殆どありませんが、当時も短刀は多く造られたと考えられています。
しかしその現存率は非常に低く、今に伝わるこの短刀定利の資料性は頗る高いといえます。