新聞報道 

2014年07月13日

「新島八重の兄「山本覚馬の刀」は捏造 同志社大が勝手に解釈し、企画展で展示」
こう言う内容で報道されました。

 

知った刀が古い本に載っている事を度々発見します。 持ち主はそれを知らない事が多いのでお教えすると大変喜んで頂きます。
一般に所載品となると市場価格もUPするので販売時は「〇〇大鑑所載」などとして価値を高めるのが普通です。
ですから、その書籍が出た当時はその刀の関係者や最初に購入する人は、この刀はこの本に所載されていると言う事を知っているはずです。
しかし、その次の人に託される時、或いはその次の時にはその事は既に忘れられている場合が多いのです。
価値が上がる事についてでも、ある意味の「伝来」は簡単に途切れてしまうのです。

伝来が鞘書に書かれている事も多くあります。とりあえず、著名な方の鞘書きなら内容を信じるわけですが、それとて所謂ソースは不明な場合が多い。
ただ単に著名な人の鞘書だからと言うよりは周辺状況から総合的に信頼性を判断した方が良いのかもしれません。
しかし付随する史料が乏しい場合も多いので、正直な所は鞘書は全面的に信頼したいとも思うんです。
もしも史料が少なくても正しい事が書かれていた場合、それをダメと言った時点で伝来が途切れてしまうわけですから。

一方で、そんな危うい伝来だからこそ正確さが求められるところでもあると思います。
詳細は聞いていませんが、今回の覚馬の件でも危うく間違った伝来を生むところで、私も間違った伝来を広めてしまって居た事を反省します。

ネットオークションなどをみると、めちゃめちゃな状況ですね。 ごく最近の手による鞘書や折紙の悪い物が大量です。昔からずっと行われて来た事だからと言えばそうなんですが。ちょっとだけ勉強すれば簡単に見破れるものなんですよ。

私は刀の事しか知らないのですが、ちょっとした展示から大々的な展示まで、そこに刀がある場合、それを見ると結構な確立で間違った事をやっています。
世間で言うと捏造に当たるような場合もよくあります。
刀がよほど難しいものなのか、それとも他の分野でも同じように間違いは大量にあるのか、どちらでしょうか。
確かな伝来は正確に後世に伝えたいものです。