新作写しもの

本能寺大寶殿宝物館にて開催中の「武士の表道具とその価値展」。
全身押形の展示に吉田正也刀匠の「太刀 銘 正也 令和七年春(山鳥毛写)」を展示させて頂いています。

「山鳥毛写し」と呼んでよいのかどうか、ご本人に確認していませんが(押形展示の許可はもちろん頂いています)、この様な作品は”○○写し”と呼ぶ慣わしです。
しかしこの太刀、山鳥毛をある程度知る人は茎を見れば直ぐ分かると思いますが、「山鳥毛写」と書かなければ分からない人もかなりいるのではないでしょうか。なぜなら、腰元のあの特徴的な破綻部を再現していないからです。
山鳥毛の本歌は、現状表裏の腰付近の丁子が崩れ、佩表には極めて印象的な飛び焼き風のあの箇所があり、また物打上の刃は下がり、横手下から帽子にかけてはかなり低い焼きとなっています。
 山鳥毛里帰りプロジェクト | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
この状態が当初からなのか研ぎ減りによる物かは意見が分かれるところかも知れませんが、私は腰の状態などは焼き入れ直後からそれほど変わっていないと思っています。
以前ある刀匠さんから「山鳥毛を写す場合、あの腰の破綻部をいかに再現するかで評価が決まっているのでは?!」との指摘を耳にしましたが、私もその様に感じていて。
”写し”も考え方は様々で欠点まで再現する事はよくあるわけですが、山鳥毛に関しては、もうそろそろいいんじゃないでしょうか。破綻の無い、完璧な山鳥毛写しが評価されても。

吉田刀匠のこの太刀。破綻無く、丁子の房がむくむくと沸き立ち、帽子もこの種の新作によくみる一枚風にならず福岡一文字風となり、佩表は綺麗に小丸に返っています。
研磨しながら「山鳥毛の完成形」と感じ、全身押形を採拓しました。



出張にて全身採拓

某享保名物の全身押形を採拓。
出先でとる場合、所載品などは事前に練習してから臨む事も度々です。

山鳥毛の時は適当な刀で外形をつくり、過去の押形を参考に幾つかのバージョンを試しました。
しかしこれ、ゼロ状態で臨むよりは多少慣れると思いますが、模写と実際は別次元の作業なので、大した効果は無いのかもです。
実際の作業では刃文を正確に写し取る前にまず、置いた状態の刀の刃文を見るのが大変ですし、白を黒に変換したり、色んな事があるわけです。
上の模写は30分ですが、実際の作業は片面1日半かかりました。(今だともう少し早いはずです)
ただやはり事前にどなたかが描いた押形で刃文を確認できれば色々助かるのです。
で今回は過去の押形は無いと勝手に思い込んでいたのですが、名著に超正確な押形がありました。
確かに。そういえば有った事は知っていた。ボケとります。



諸々

古備前の在銘の全身押形採拓。
越中物短刀全身押形下書き。普段は下書き無しでいきなり墨入れが多いのですが、今回は短刀片面の下書きで二日かけてしまった。
ご近所さんの大門研師に地砥をお借りして引く。
私は結構色々試すタイプの研師だと思って来ましたが、大門研師に比べると全然ですね。こんな石は初めてです。
地肌が出る原理はよく分かりませんが、硬い石だから地肌が出るとは限らず、それは以前から認識していました。
しかしここまで柔らかい石でこれだけ肌が出る経験は無く。
また砥石探しの旅が始まるのかぁ・・・。これがなかなか辛いのです。
棚か倉庫に同じ性質の石は眠っていないだろうか。。多分ない。



「武士の表道具とその価値展」本能寺大寳殿宝物館出陳刀

本能寺大寳殿宝物館で開催中の「武士の表道具とその価値展」。
主な展示刀10口分につきまして、刀剣と合わせ、見どころ解説付き全身押形パネルを設置しています。

 展示例

・太刀 銘 石州出羽住直綱作(重要美術品) 
       刃長2尺2寸8分7厘
       反り4分5厘
      

元幅31.0mm(32.1)
元重7.3mm(7.4)
先幅21.9mm(22.5)
先重5.1mm(5.5)
茎最厚8.1mm

鎬造、三つ棟。
反り浅め、身幅広く、重ね厚く、茎短く、中鋒詰まる。
棒樋に連れ樋を茎尻まで掻き通す。
ヤスリ目切り。棟僅かに肉、刃方も肉あり。茎棟ヤスリ切り。茎尻、刃上りの栗尻。目釘穴2。
地鉄、板目肌詰み、地沸付き地景入る。鎺下より淡く焼き出し映りが立つ。
刃文、腰付近焼き幅狭く、腰開きの角張る互の目等を焼き、上に向かい焼き幅を広め、角張る互の目を間を詰めて焼く。刃錵が強く、特に焼き頭や谷に錵がこごり、飛び焼き、湯走りかかり、金筋目立つ。
帽子、乱れて先掃きかける。

※刀剣専用の展示施設ではないため照明設備が不十分で、一部展示刀に刃文が見え難いものがあります。



「武士の表道具とその価値展」本能寺大寶殿宝物館

9月6日より、本能寺大寶殿宝物館にて「武士の表道具とその価値展」が開催されます。

展示刀は以下の通りとなっています。

 太刀  銘 石州出羽住直綱作(重要美術品)

小太刀  銘 国行(来)

  刀 無銘 延寿(重要刀剣)

 短刀  銘 正宗(と銘あり)(本阿弥光温折紙付)

 太刀  銘 備州長船兼光(本阿弥光忠折紙付/重要美術品)

 太刀  銘 来国俊(本阿弥光常折紙付/特別重要刀剣)

 短刀 朱銘 則国 本阿(花押)(本阿弥光忠折紙付/重要刀剣)

 短刀  銘 来国光

 脇差  銘 長谷部国重(本阿弥光常折紙付)

  刀  銘 広次作

今回の展示では10口の出陳刀につきまして、鑑賞補助用全身押形パネルを設置しています。
押形パネルで刃文等を確認しながら刀身を鑑賞していただけます。

また、平置き展示ケースには以下の全身押形も展示しています。あわせてご覧いただけましたら幸いです。

 刀 銘 繁慶(永藤一コレクション 京都国立博物館蔵)
(2024年度、京都国立博物館修理事業に際し記録として全身押形採拓)
太刀 銘 正也 令和七年春(山鳥毛写)
太刀 銘 国行(来)(重要美術品)
短刀 銘 国広鎌倉住人
     元亨三年十月二日(新藤五国広)



古い太刀

代を重ねる某工の現存品中最も古い時代の太刀があった。
凄過ぎた。



再刃色々

再刃の重刀も複数あります。ざっと探すと以下の物が。
(全て「再刃」としたうえでの重刀指定です)

 第20回 太刀  銘 備前国長船住左近将監長光造 正応二年巳丑年六月日(集古拾種所載)
 第21回 短刀  銘 行光(享保名物不動行光)
 第25回 短刀  銘 国光(新藤五)(片切刃造)
 第26回 太刀  銘 近村上
 第43回 脇差 無銘 貞宗(享保名物獅子貞宗/初代康継再刃)
 第48回 短刀  銘 国光(享保名物小尻通新藤五)
 第68回 短刀  銘 正宗(享保名物八幡正宗)

重美にも2口ありました。
 重美 太刀 銘 有成(石切丸)
 重美 太刀 銘 豊後国行平作 元久二年二月

行平など古九州物は常に再刃っぽい作風なので判断が難しいとは思いますが、この元久二年の行平は茎に火肌があり確実に再刃と判断されたようです。ただ重美全集編纂時はその火肌は落とされて無くなっていたのだとか。
有成は「再刃との説もある」と書かれている書籍もありますが、全身押形を採拓させて頂いた時見たところやはり再刃と判断できるものです。

保存鑑定でも幾つか見た事がありますがちょっと失念で、確実なのはこれ。
 太刀 銘 有成(保存鑑定)(重美の太刀とは別)(有成 | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
 短刀 銘 国行(来)(保存鑑定)(来国行の短刀 | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区

昔の貴重刀剣等審査の記録を見ると、国吉、吉光、了戒、遠近、助近、則高、宗吉、古青江則吉、大和助光、長船盛景、村正などが「再刃」とした上で認定されていましたが、盛景や村正は今では考えられないですね。

享保名物にはどの程度?と思い、「図説享保名物帳」の索引にて見てみると、焼失の部で80口の掲載でした。多いですねぇ。

重要文化財でも幾つかあって、以下2口は全身押形を採拓させて頂きましたが、典型的再刃です。
どちらも茎に火肌が強く出ており、再刃刀に出現する事が多い大きなフクレやフクレ破れ(義元左文字)、著しい刃染み(骨喰藤四郎)があります。

 重文 太刀   義元左文字(享保名物)
 重文 薙刀直し 骨喰藤四郎(享保名物)


再刃は基本的には道具としての再生の意味が強く、焼失により鈍った鉄を鋼に蘇らせた物です。
現代の感覚(私の)では再刃刀の価値は著しく下がるという認識なのですが、かつてはそうとも限らない時代があったようで。。
春日大社の国宝、菱造打刀(拵え)の中身は再刃ですし、厳島神社の国宝、梨地桐紋螺鈿腰刀の中身は友成の再刃短刀です。
これらは再刃された刀身に誂えられた拵であり、今とは別の価値観であったとしか思えません。
2019年、佐野美術館にて「REBORN 蘇る名刀」として焼け身や再刃刀が多数出陳される展覧会が開催されました。関東大震災で被災した焼け身の享保名物児手柏包永や燭台切光忠出現後の扱いもそうですが、様々な価値観で刀を見る姿勢は大切だと感じます。(名物児手柏包永写し | 玉置美術刀剣研磨処|京都・左京区
何もかもゆるゆるで、再刃の鑑別が将来”失われた技術”となるようでは困りますが、再刃とした上での救済の道がもう少し開けても良いかも知れません。



再刃のこと

そういえば先日、南北朝期在銘寸延で再刃と思われるものの全身押形を採拓しました。
以下簡単な調書。

刃長34.3㎝
反り0.6㎝
元幅31.0(31.5)mm
元重6.0mm
茎最厚6.6mm

平造り、丸棟、身幅広く、反り付く。
目釘穴2、茎短く、先栗尻、ヤスリ目切り。茎棟、刃方とも僅かに肉。
茎あばたで味悪い。色赤味がかる。

板目、杢目肌立ち、刃寄り柾流れる。
刃区から約44mm上がった箇所より焼き出し、水影風に映り現れる。
刃文、小互の目、小湾れを焼き、整わず、ふくらより直ぐ調となり、帽子判然とせず。
金筋、地景入るも再刃特有の物となる。


最後の金筋地景の再刃特有の物とはよくいう「チリチリした地景」です。
再刃にこの現象が現れる率は高いです。
再刃とバレずに流通している物にはこれが無い事も多いでしょう。また有っても再刃認定されていない事も多いと思います。
諸条件と合わせ、再刃の要素ではありますが、チリチリした地景即再刃とも言い切れずです。

刀剣美術692号に「肥前刀雑記(四十三)水影(横山学)」があり、”焼き出し映り”と”再刃の水影”の違いなどが詳述されています。
要約すると、焼き出し映りは強く鮮明な映りで、再刃の水影は薄ぼんやりとつかみどころが無いと。
しかし私が今まで見て来た再刃の水影はこの逆も多くありました。(薄ぼんやりとした再刃の水影を再刃と認識出来なかった可能性もあります)
「それは再刃ではない」という事は絶対にないものです。なぜなら磨上げて茎尻方面に銘が有る状態にも関わらず、刃区やそのやや上部から焼き出しており、そこに鮮明な水影が立って居るからです。これは流石に100%再刃と断言できます。
こんな分かりやすい再刃ばかりなら簡単なのですが。。
上手く出来た再刃はもう気にしなくていいんでしょうか。
気になりますが。



再刃のこと

そういえばマーティンが、ヨーロッパには再刃の日本刀が非常に多いといっていました。
彼がいうには、日本国内では売り難い再刃刀をヨーロッパに出した時代があったのだそうで。
そういう事もあったのかもですねぇ。。おかげで彼の再刃を見抜く目はなかなかのものです。



再刃のこと

今まで何本の再刃に出会って来たでしょうか。20本や30本ではない事は確かですが、何本かは不明です。そして再刃と認識せずに出会った再刃刀もかなりの数にのぼるでしょう。もしかしたらそちらの方が多いのかも知れません。。

昨日の再刃短刀、差し表の腰から三分のニをざっくり窓開けしてみました。
地鉄はまだ分かりませんが、再刃で出る事がある嫌らしい錵映りは無く、詰んだ地鉄のようです。
焼き出し部に少々強くて太い地景風の働きが僅かに確認出来ますが、これは再刃で出現する事がある「チリチリした地景」に近い状態です。
刃は直ぐ調の湾れで、匂い口は沈み気味。柾気の働きが強く、古風な焼きです。水影は無し。
この窓開け部分だけを見て”再刃”と判断する人は少ないでしょう。私ももちろん再刃とは気づけないです。(切っ先付近は焼きが入らずです。おそらく差し裏は全体に崩れています)
では茎はというと、黒味が強く乾いており、この茎を見れば再刃と判断できます。やはり茎情報は大事なんです。
さてこの茎、よい鉄味に変える事は出来るのでしょうか。
鑑定書が付いて流通している刀でも、在銘無銘問わず、茎を加工している物は大量にあります。国指定の文化財にも茎を触っているなと思う物に出会う事はしばしば。
茎を触る理由は様々で、悪意の無い物ももちろん。
世の中色々あるわけです。