午後で完成

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先日来描いておりました押形は今日の午後で完成。
現代の作品ですが、古く見え、そして刀の世界で言う”おもしろい刀”といっていい品だと思います。
”古く見える”という表現を現代作に対し使用する事があると思いますが、「古い=良い」という所で思考が止まってしまっている方はおられませんか?
求める側も造る側も価値観は多様ですから簡単な話ではありませんが、「古い=良い」と思い込んで終わってしまう事だけは避けなければいけません。
でないともしも新作の凄い刀に出会っても、凄さに気付かずスルーしてしまいます。
斯く言う私も「昔の人が持っていたもの」と言う価値観も好きですのでそちら贔屓な面もありましたが、この夏は新作のトップクラスを手に取る機会を頂き、色々持って行かれてしまいました。 
凄い作品は全部を持って行ってしまいますね。
時代も何もかも。
やはり私は手に取らないと刀が分からない。



野球に行ってみた

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子供が野球観戦優待券をもらって来たので一緒に行ってみた。
京セラドーム。
プロ野球観戦は1985年以来。 
強靭な声帯でずっと野次を飛ばしてるおっさんが居て、周りの小学生は皆、耳をふさいでました。
色々楽しいなぁ・・2時間あっという間でした。
TVでも全く見た事ありませんしどこのファンでもありませんが、もしも子供がどこかのファンになったらまた連れて行ってあげたいです。
私はほんとに野球を知らないのですが、1985年は阪神が優勝した年で、阪神ファンの間では伝説だそうですが、バース、掛布、岡田がバックスクリーンに3連発を叩き込んだ試合。
当時私は小学6年。 修学旅行で甲子園、この試合を見ました。
凄い地鳴りの様な歓声を思い出します。 
野球を知らない私は、あの時見たのがこの試合だった事を知ったのは20年くらい経ってからです。
一緒にいた巨人ファンの同級生が泣いていたのはそう言う理由だったんですねぇ。



ここまで

今夜はここまで進んだ。
全体の雰囲気が頭のなかのイメージと違うのでここから修正して行かなければならない。

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午後も

午後も押形に。
とりあえず半対面の下書き。
いつもこの時は、最初の面の道程を再び辿る事の恐怖を感じる。

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皆焼

午後から皆焼の平身脇指の押形を作成。

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輪郭が取れたので夜は刃文。
シャーペンでざっくりと下書き後、墨で刃文を描く。

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二時間ほどしか経っていませんが集中力の限界が来てしまいましたので本日は終了。



9月 京都刀剣入札鑑定会

一号 刀
長い。 4,5寸はあるか。 よく乱れる。
肥前。 正廣か行廣か分からない。
 肥州行廣と入札。
二号 刀 
長い。 新々刀。 
互の目と丁子で帽子も乱れる。 映り気も有るようだが刃の硬さが地にも移りそれが映り状になっているとも見える。 少し荒めの錵もつく。 
帽子は江戸の乱れだが刃は違う。
 剣龍(正しくは竜)子貞晴と入札。
三号 刀(大磨上無銘の重刀と言うヒントがあった。)
尋常ならざる刃の冴え。 地景が多数入り刃寄りに柾気の目立つ地文。
包永個銘極め或いは古宇多だと思う。
普段こう言う冴えの刀を審査に出すと古宇多で帰って来る。
 古宇多と入札。
四号 脇指
菖蒲造り。 新古境か? 
幅広。 焼き刃は高めで丸くない互の目を湾れでつなぐ。 三品帽子。 匂い口は深め。
 氏貞と入札。
五号 短刀
両刃。小ぶり。ちょっと反り気味。
詰む。広直刃。小さい小さい尖り刃が表裏に有る。
小ぶりの両刃なので普通は備前の両刃初期。
 兼定と入札。


イヤ
イヤ
イヤ
三号 イヤでした。ならば「手掻」の極めでは無く「包永」個銘極めしかない。
こうなってみると、刃線の腹のふくらみや切っ先形状、焼き刃バランス、刃中の色、地刃の出来の傑出感、全てが包永に見える。遅いけど。
 手掻包永と入札。
四号 素直に山城に行かないとダメみたいです。
 越中守正俊と入札。
五号 尖りを見つけたからといって信じたらダメなのですか?
 勝光と入札。



準然
然  
 
 一号 刀   肥前国佐賀住正廣 寛永十五年八月吉日
 二号 刀   浪華月山雲竜子貞一造 慶応二年八月日
 三号 刀   大磨上無銘 包永
 四号 脇指 河内守藤原国助
 五号 短刀 備前國住長船孫三郎尉幸光作 永禄六年八月吉日
帰宅後、初代国助を調べると全く同じ様な品が色々ありました。 越中は三品帽子と言う事で「おまけ」をして頂いただけで、絶対に国助と見なければならない出来だったようです。
両刃は初期は小さいと言う大まかな見方ではダメと言うことですね。
行廣と正廣の鑑別法を知りたい。

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下艶のことなど

研ぎ場にて大太刀拝見。
三尺一寸。 古そう。 地刃とも破綻なく凄い。
その他多数拝見。 
小道具の保存状態が良い拵えは気持ちがいい。
研ぎ場にて古い備前物拝見。
久々に鳥肌が立った。 完全な地鉄。 
こういう物が残っていましたか・・・。
400年ほど飛んで出現した様な品ですな。
研ぎ場にて末備前拝見。
片手打ちのスカッとした品をちょっと久々に見た。
高い焼きで一見複雑な刃だが、もしもこう言う末備前を全身押形にするとしたら薄墨でサラッと書き上げた方が良い雰囲気になりそうに思う。 
あっさり上げるセンスが無いとダメですが。
末備前の地鉄に初めて使う下艶を入れる。
備前物の為にあるような石だわ。
この手の石ならまだ入手可能なので探しに行こう。



薩摩上げ脇指

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大振りの”薩摩上げ”です。
この造り込みは度々ブログに登場しますが、「刺刀(さすが)」が正しい名称で「薩摩上げ」は俗称です。
昭和40年の刀美第98号に佐藤寒山先生が「さすが(刺刀)のこと」として”刺刀”や”薩摩上げ”の語源について書かれており、上記の事は知っておりましたが、”薩摩上げ”の方がなんだかキャッチーな響きなので薩摩上げの呼称も棄てがたいですね。 (薩摩上げの語源は過去ブログで
その記事を改めて見てみると、「本阿弥家の鑑定用語にも武家目利の間にもないものであって、どうも町方の刀屋の間にのみ使用せられたもののように推量される」と書かれております。
過去の重刀指定を見ますと、
脇差  備州長船住景光  正和二年十月日  長さ1尺1寸5分半  
脇差  則重 (古備前)               長さ1尺1寸  
脇差  助真                      長さ1尺0寸8分半  
短刀  正恒 (折返銘)               長さ9寸2分 
短刀  無銘 (景安)                 長さ8寸5分 
短刀  景安                      長さ9寸0分強 
等がありました。
形状は菖蒲造りや鵜の首造り、冠落し造り等で、いずれの品にも「刺刀に直したもの」と言う風に解説があります。この短刀には刺刀で有ると明記されていませんが諸条件から刺刀に類する物と思われます。
押形の刺刀は約一尺三寸。
切っ先の鋭さは他の比ではない。 



清麿

佐野美術館へ。
全て清麿50振超。
年代順の展示で何歳作と明示されている。
清麿18歳、有名な初期の二振り(一貫齊正行銘)の作風から後期清麿銘時代の作風への変遷を見た。
また以前から、清麿は現代研磨によりさらに評価された刀工の一人だと強く感じていたが、事前に入手した図録の解説ではそこにも言及されていた。
当日館内で渡辺館長とお話させて頂いた際もその辺の事を仰っていて研師としてはさらに深く勉強しなければならない点である。
その後は名刀鑑賞会。 
国指定文化財を多数含む十数口の古名刀を手に取って鑑賞。
古名刀の鑑賞は本質を見極めようとする気持ちが大切かもしれない。
深く感じようとすれば古名刀の良さも新作刀の良さも見えてくる。