演出ですか?

また古い刀美の話で申し訳ないのですが・・・。
いやほんとに面白いんですよ。
とある虎徹の磨上刀が話題に上ります。
審査に出たそうで、それについての真贋論争です。
押形入りで何号にも渡り、著名な鑑定家や研師、一般会員などが辛辣な論争を繰り広げます。
それが討論会形式ではなく、記事を読んだ後にその反論記事を送り掲載されると言う形ですので練られていて面白い。
(しかし結果がどうなったのかが載ってない・・・)
またこんなのもあります。
ある著名な方が「○○○偽名に注意して下さい」と言う内容の記事を載せる(○○○は偽名切師とされる人物の通称)。
するとなんと名指しされた人物が記事を投稿する。
一応名前が上がった特定の刀の偽名切りに関して否定はするが、「私ならもっと上手く切る」と言ったり偽名切師を肯定するかの様な、含みを多く持つ内容となる。
ほんとに今では考えられない内容が盛りだくさんで。
私はもちろん当時の事は全く知らないのですが、こう言うのってもしかして演出ですか?!
こうして刀剣界は盛り上がって行ったのでしょうか。(偽名切り師の二つの記事が同じ号に載っているのですが・・・) 
まぁ多分違うのでしょうがこれだと大いに盛り上がるでしょうね。
とにかく匿名では無いと言う所がいいですね。
こう言う事は現代ではなかなか難しいとは思いますけども。
例えば何か盛り上がっている事を完全否定する人が現れると面白いですよね。もちろん演出で。
あぁでもクォーターパウンダーの行列騒動程度のレベルですなこりゃ。。



大和志津

大和志津という極めがありますが、私が行き始めてからの京都の入札鑑定には出た事が無い様に思います。
短刀・脇指には在銘が有りますが、刀はみな大磨上無銘ですので入札鑑定には出難いところでもありますね。
大和志津の定義を簡単に言うと、大志津さんが美濃に移住する前の大和包氏時代の作と、美濃移住の時一緒に行かず大和に残り包氏を名のった人達の総称と言う感じでよいと思います。
先ほどまた古い刀美をちょろちょろと見ておりましたら、昭和29年の記事で大和志津の事が有りました。
宮形光盧、佐藤貫一両先生が書いて居られる記事です。
極々簡単に言うと、宮形先生は、協会審査では大和志津と伝わるものをことごとく極め変えをして別の極めを付けているので何年か後に大和志津は消滅してしまうと言う話。
それに対し、寒山先生は一応、いやいやそう言う訳では無いのですよと言う雰囲気の内容。(あまりに軽く書きすぎてすみません)
寒山先生が書かれておりますが、古極めには大和志津は殆ど無いそうです。
「根津家売立目録には元禄八年本阿弥光忠の大和志津拾五枚の折紙の写真が載っているが、多くこの名のあるのは明治以来の本阿弥家の折紙のように思われる」
と書かれています。
重刀図譜を見てみましたら折紙の付いて居る物は一つしかなく、こちらも享保六年光忠の物でした。
大和志津は100振りほどの重刀指定が有るのですが、第12回(昭和39年)が最初の指定です。
大和志津は無銘ですので指定され辛い面はありますが少し遅めですね。
図譜解説も当時から現代までに解釈を広める変遷が有り面白いです。
全く話は逸れますがこの当時の刀の登録本数は大体40万振り程度だそうです。
先日、ネット上で登録都道府県と登録番号が確認出来る品を検索し、現在の登録本数を推計しましたが、大体280万振り程度ではないかと思います。
今後、発見される刀剣は減って行く訳ですが、まだ貴重な資料も眠って居るのでしょうねぇ・・。
銘の有る品は安易に偽とは判断せずに大事にして行きたいものです。
と自分にも言い聞かせます。



昔の刀美

何度か同じ様な事を書いた事があるかも知れませんが・・。
刀美は昭和24年の創刊号から持っていて、歯抜けも有るとは思いますが合本も持っていますので多分ほぼ全号有ると思います。(人に貸していて行方不明だった古い刀美多数も少し前に戻って来ましたし)

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何かの調べ物などに大変役立ちますし古い刀美は度々開きますが、面白い記事が多くてどうしても脱線して色々と見てしまいます。
審査結果など個々の案件についての手紙や投稿、それに対する記事での応酬なども有り、それがまた完膚無きまでに論破してしまったりと、今の時代ではちょっと有り得ない面白さがあります。
たまに昔のアニメなどを見ても台詞がプツプツ切られて音声が途切れる部分が多く有りますが(放送禁止用語多用のため再放送用に音声をカットして居る)、今に比べると色んな物がおおらかな時代なんですねぇ。
今はネットなどでは何でも有り状態な面も有りますが、それとはまた少し違うものの気がしますが。
また今度読もう。



わずかな時間ですが

岡崎近辺に用事が有り、ついでにほんの少しだけ南禅寺へ。
せっかく京都に住んでいながら観光の名所をちゃんと巡った事はあまり有りません・・。
ん~もったいない事です。  京都ファンの方々から叱られますね。

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行きたい所は山ほど有るのですが、子供が小さいうちはなかなか難しくて・・。

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大きくなったら腕でも組んで一緒に歩いてくれますか・・・?
へんな彼氏なんぞ連れて来んといて下さいよ。



最近だけで肥後守輝廣と播磨守輝廣を4振り拝見(研磨も含め)。
いずれも銘の良い物です。 
続く時は続くものです。 めったに無い品のはずなのですが。
出先にて清光の短刀を拝見。
以前は末備前の良い短刀をよく拝見したものですが最近少ない気がする。
久々に良い清光をみた。
出先にて南北末期乃至応永の小反りの脇指を拝見(小太刀と言うべきか。いやこれは脇指でよいと思う。)。
正系とはまた違う雰囲気の茎で区からの振りが強く尻が張らず、これも格好の良いものです。
仕事場にて年紀入り与三左衛門尉祐定の薄錆び身を拝見。 大変良い銘。 拵えも普通では無い。
与三がまだ眠って居ますかぁ・・・。  古都ですな。



幕末の

うちから歩いて1分の所

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ここに葬られています。
詳しくはこちらのブログで書かれております。(ブログ主と連絡が取れませんので勝手にリンクを失礼致します)
京都を感じる日々★古今往来Part2・・京都非観光名所案内
三縁寺さんは通常は非公開です。事前に連絡をすればお参り出来るようです。



こういうイベントみたいのはちょっと恥ずかしくって苦手なのですが、子供がずっと楽しみにしてましたのでメガネみたいなのを買ってきて皆で見ましたよ。
京都はほぼ晴れ。
素直にわーっ!って叫んじゃいました。
辺りの薄暗さは早朝でも夕方でもない独特なものでしたね。
ドラマなどで昼間にレンズにフィルターをかけて(或いは後処理で)早朝シーンを撮影した場面をよく見ますが、あの雰囲気。

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いつも見る木漏れ日ってそんな事になっていたんですねぇ、今回の件まで全然知りませんでした。



2012年5月20日 刀剣入札鑑定会

本日は本部から。
一号 太刀
古い太刀姿。 細めの直刃。 焼落し。
本国物でも稀に焼落しを見ますが普通は古伯耆か古九州物だと思います。
地刃の状態から古伯耆ではない。古波平とも違う。
行平にはスマートな姿のイメージを持っていますがこの太刀はそう感じなかったので見た事は無い人ですがジョウシュウにしよう。 腰の彫りも無いし。
僧定秀と入札。
二号 短刀
無反り。三つ棟。少し幅広。乱れ刃。
来国光か国次です。 少し減っていますがさすがにキメ細かい刃。
現存数は圧倒的に国光が多く、確立で言えば国光ですがここは勘で行こう。(確立とか言ってる時点でダメですが・・)
来国次と入札。
三号 刀
よく錵る刃。 地刃ともに全体にばさけ。匂い口さほど冴えず。
鎬柾。 切っ先の形がかっこいい。
興正と記入するもなんだか踏ん切りが付かない。
興里と入札。
四号 短刀
八寸ほど。 フクラ枯れ反り少し付く。 重ね薄め。 庵棟。
地景がよく現われる。
小さい互の目。
長船兼光と入札。
五号 刀
出入りの有る大きい互の目。 虎徹帽子。
新々刀の硬い刀並みに匂い口がかなり絞まった部分が多くある。
全く分からない・・・。
肌立ちぎみで鎬地ははっきりと柾目。
刃の状態は全く違うが少しこの人風の互の目も見えるので、
大和守安定と入札。


同然

ヨク
五号 固着した観念を捨てましょか。

興里と入札


同然


一号 太刀 豊後国僧定秀作         (重要美術品)
二号 短刀 来国次
三号 刀   長曽祢興正 金象嵌切截銘   (重要刀剣)
四号 短刀 備州長船兼光 延文五年三月日 (重要刀剣)
五号 刀   表 ハネトラ銘 裏 金象嵌切截銘

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本日は日本料理界の大変著名な方にお越し頂き多くのお話を伺いました。
日本料理を牽引し世界に発信するパイオニアとして御活躍されている先生です。
本当に奥深い世界です。
御高書を拝読し勉強させて頂きたいと思います。
何かを発信するには非常なパワーが必要ですね。
役割分担が必要です。
内曇を4日も5日も引く人はそれが仕事なのです。
発信するのはもっと大きな一つの塊からですよ。
なんて思っていたらこう言う世界になってしまったのでしょうか。
新しい役割を担い頑張っている方々が沢山おられます。



色々と

情報処理能力の低い私にとって最近ちょいと超えてる感じです。
気合を入れて行きましょうか。
さて最近は、
出先にて歴史上の人物の佩刀を多く拝見。そのうち全国的な話題になって来るでしょう。
出先にて、室町前期備前物、南北朝期と思われる磨上刀、越前新刀など拝見。
研場にて鎌倉後期山城太刀、南北朝期美濃、鎌倉末期大和在銘、差込研新作刀など多数拝見。
古刀期で、本国物であっても嫡流から少し逸れた感じの品やメジャー流派以外の品の中に、少し異風で、一時代ずれたスタイルを持つ魅力的な作品を見ます。
こういうのいいですね。