日刀保京都府支部4月例会

2018年04月24日【ブログ】

4月支部例会 入札鑑定

一号 短刀

反り少し強め。フクラ枯れ気味。元先平に元来の兼光地鉄が残る。総体に互の目勝ちでフクラ付近角互の目顕著。
表素剣、裏櫃中に行剣巻龍。

反りが強いので異風な感じを受ける。刃文が片落ちや角互の目で、帽子を尖らせない場合の兼光や景光の処理の仕方に似ると感じる。ただ、あの刃文で尖らせないとなると誰でもこうなるのかもとも思いながら見る。正直彫り物に興味が少なく、兼光にこの彫りがあったかどうかが分からない。草倶利伽羅や孕み龍のイメージしかない。 分からないので兼光と入札。

 

二号 刀

鎬高く、棟重ねも厚く、重量感がある。反り浅い。地肌は詰み気味で、白い鍛接肌が若干目立つ。総体に映る。広直刃調に刃中の足や働きが大変豊富。下半は錵付く丁子が目立ち元来か減りかは不明だが離れて蛙子風の丁子も含む。

地肌の特徴、帽子の風情、刃文から、畠田真守と入札。などとカッコよく書きたいところだが、この刀は以前全身押形をとらせて頂いたのでよく覚えている。

 
三号 太刀

少し反り浅め。三作帽子。なので、それほど長くはないが茎尻に銘有りの太刀だと思う。
大変よく詰み整う地鉄。刃寄りと言っていい高さで全体に乱れ映り。映りの頭の境界が硬い。大変締まる直刃調の刃文。腰に向かい「キリっと」と表現したいほど締まる。完全な直線の直刃ではなく、微妙に節が多数ある。明るい。

三作で真長しか思い浮かばないが多分違う。長船真長と入札。

 
四号 脇差

表平造り、裏切刃。幅若干広め。フクラはそれほど張らない。表素剣。裏護摩箸梵字。微細にカス立つ地鉄。湾れに互の目。匂い口の密度は濃いと思う。

度々研磨させて頂いたり、拝見する典型作。平安城弘幸と入札。

 
五号 刀

差し表中央付近は元来の匂い口を残すが総体に染みごころ。正直、なんと表現したらよいか分からないが、小乱れ小丁子小互の目が間を詰め複雑に乱れていると思う。焼き頭から地に向かい全体に映る。各所に焼き頭から繋がり湯走り調の飛び焼きが点続。帽子も同調に乱れる。

綾小路の典型だと思うが、特にこの調子の場合、末行の極めを見る事が多い。 綾小路と入札。

ヨク



一号、兼光ヨクでしたか。ここに来て、以前見てる様な気がしてきた。というか多分出た事がある。
兼光ヨクなら小反りしかないが、個銘は無理、思い出せない。 秀光と入札。
三号、あぁ、同然ですか。。これも以前出ている気がしてきた。山城の大宮延秀とか、印象はそれに近い(作風ではなく)。





一号 短刀 銘 備州長船貞守(南北朝末期乃至応永)
二号  刀 無銘(畠田真守)(鎌倉時代末期・重要刀剣)
三号 太刀 銘 助長(長船)(鎌倉時代末期・重要刀剣)
四号 脇差 銘 平安城藤原弘幸(慶長頃・重要刀剣)
五号  刀 無銘(綾小路末行)(鎌倉時代後期)

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『本能寺刀剣展』開催

2018年04月21日【ブログ】

京都、本能寺にて「本能寺刀剣展」が開催されます。
私も本能寺さんの所蔵刀剣の研磨や押形採拓などのお手伝いをさせて頂きました。

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大太刀 刃長 三尺四寸六分
『本能寺刀剣展-寺宝刀剣・堀川國廣・河内守藤原國助初二代・河内國平一門-』

期間:2018年4月28日(土)~6月3日(日)
時間:9時00分~17時00分(入場は16時30分まで)
場所:本能寺大寶殿宝物館(京都市中京区寺町通御池下ル下本能寺前町522)
※宝物館入場料あり
主催:法華宗大本山本能寺 刀剣MERPプロジェクト
協力:大塚巧藝社 studio仕組

詳細はstudio仕組ホームページをご覧ください。

2018年04月21日

『本能寺刀剣展』開催

京都、本能寺にて「本能寺刀剣展」が開催されます。 私も本能寺さんの所蔵刀剣の研磨や押形採拓などのお手伝いをさせて頂いております。 『本能寺刀剣展-寺宝刀剣・堀川國廣・河内守藤原國助初二代・河内國平一門-』 期間:2018…

塗り鞘の割り修理

2018年04月21日【ブログ】

出先にて来国行在銘太刀、古青江等を拝見。
古青江と古備前はよく似たタイプの錵出来のものがあり、大変明るい刃が多い。
しかし例えば鍛えが強く大変美しい皮鉄が無くなり、疲れた地鉄になっていてもあの焼き刃はそれほど下がらないし錵の明るさも衰えない。時代が下る刀は焼きがどんどん低くなり、染みて弱くなってしまうのにそこが不思議。

割った塗り鞘があった。
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東博図録「打刀拵」、厳島の西蓮拵や雲次拵の解説に「残念ながら鞘を割って修理をしている」という解説があり、見え辛いが写真にもその状態が確認できる。何故そんな事をしてしまったのか?とずっと疑問に思っていた。
今日拝見した鞘、鐺と鯉口の角を外し、棟側と刃側を漆ごと鉋で削っている様に見える。
これもやはり割修理の痕ではなかろうか。しかしなぜこの様な事をするのか理由が分からない。
特に厳島の拵えの様に貴重な品ならばなおさらで、わざわざ割って中を綺麗にするよりも、その拵えに刀身を納める事は諦めて保存につとめるべきと思うが、それをした当時は貴重という判断では無かったという事か。それにしても、その後漆を塗り直すでもなくそのままの状態なのでなおさら不明(塗り直していない事は幸い)。
刀身が拵えに納まったまま錆び付き抜けなかった物を割り鞘をして抜いたのだろうか。

出先にて

2018年04月20日【ブログ】

記憶の鮮明なうちに。

先日某所にて
・13年ほど前の支部鑑定刀に出会う。大和では無いが完全な大和風。数ヵ月前に見た刀を数分見ても気が付かない様な事もたまに起こるが10年以上経って居ても1秒で思い出す事もある。
・鎌倉中期重刀、よく錆びている。
・南北重刀、良い姿。薄錆。
・南北重刀、大変面白い。

昨日某所にて錆身複数拝見。
・大磨上げ。身幅広く刃寄り柾、平板目。映り気。広い樋。茎重ね大変厚く渋い茎反り。小錵細直ぐ刃。刃縁少し働く。元来は細目の中直刃。
三池、法華、古三原、手掻、色々考えられるが味わい深い名刀。
・古い研ぎが大変上手く、抜群の地鉄。細目の中直刃。よく働き冴える。どこに極まるのか。裏の帽子が深い。反りが浅すぎかなぁ。これは難しい。鎌倉と見たいが新刀という見方も出来る。こんな事を書くと「はぁ?」という感じしょうが、そんなもんです。
・大磨上げ無銘。中直刃。錆と強いヒケで分かり難いがおそらく来国光か国次。大変良い刀。
・大磨上げ無銘。薄錆身。茎から腰の始まりにかけて腰反りを残し、茎尻を持つと大変力強く美しい反り。ちょっと久々にこの反りを持った。
精微で完璧な地鉄。乱れ写り鮮明。片落ち風。兼光か。

本日某所にて
・鎌倉重文。名物。想像以上に重い。
・鎌倉末乃至南北在銘重文。不意に鑑定に出たら新刀から考え始めると思う。
・鎌倉重刀上記の親。刀にはたまに突然変異が起こる。
・南北無銘重文。もう一つ上の人に見えた。重い。
・鎌倉中期特重。やっと手に取れた品。桁違いの出来だった。
・無冠鎌倉初期。早く発見されていれば重文になってる。
・鎌倉末期重刀。これは本当に素晴らしい。今日一か。
・南北短刀。特重か、未確認。これが今日一だった。
・鎌倉末期特重だろうか。銘鮮明。大変重ねが厚い。今まで手に取ったこの工の作品では重文よりもこちらが鮮明な銘。
・鎌倉末期重刀。この工は比較的在銘が多く鮮明な銘も度々見るが、これは一段と鮮明で全く傷まず新刀レベル。
・鎌倉期重刀。数口手に取った事が在るが、いずれも同様に渋い出来。
・末古刀重刀か。典型作。良い地鉄。
・慶長重刀。この工初代は以前から好きだが、本日の品が過去拝見した品の中で一番だと思う。

薩摩上の原形

2018年04月16日【ブログ】

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薩摩上げの原形復元想像絵図を描いてみました。
以前のブログで薩摩上げの語源について何かの本に書いてあったことを載せた事がありました。
『語源ははっきりしないようですが、「日本地図、江戸側から見ると薩摩は日本の切っ先部分であり、そちら側から切り詰めて短くし、短刀に仕立て直した物。 薩摩側から磨上げるので”薩摩上げ”」 という説が有力のようです。』と確かこれは本の通りに書いたと思うのですが、実は書きながら、何かおかしいなと思っていました。
今回この押形を描きながら思ったのですが、この文では不十分ですよね。
江戸から薩摩方向を見てそちらが切っ先で、その方向から切り詰めるので薩摩上げ。
江戸から会津方向を見てそちらが切っ先で、その方向から切詰めて会津上げとは言わないです。何故薩摩なのかが重要なのでしょうね。
刀剣美術の昭和40年、第98号、佐藤寒山先生の「さすが(刺刀)のこと」を改めて読んでみると、”薩摩上げ”の呼び名はそれほど古くはないようだという事が書かれてありました。
この造り直し自体はおそらく古い時代から存在したと想像しますが、それを薩摩上げと呼ぶ様になったのは薩摩を強く意識した江戸末期の事だったのかも知れないですね。