棚を。

研ぎ道具は年々増える一方です。
日常の生活用品などは所謂「断捨離」で良いと思いますが、仕事道具にそうは思わないタイプです。
衣類などは○○年着ていない物は捨てましょう的な事を頑張って行いますが(頑張ってです(^-^;)、研ぎ道具の場合、”5年前に買ったあの石”とか、”10年前に誰々さんから頂いてダメだと思っていたあの研磨材”とか、”15年前に念のために取っておいたあの部品を応用できるかも”とか、”20年前に切って意外に硬かったあの茎”等々。今この時のために取っていたのだ!という活躍の時が割とあります。
あでも、スペースには限りもあり、例えば書籍などは置いておけずに処分する事もしばしば。
あの時のあの本があれば・・・という場面には結構あっちゃってますね。
活躍の時よりも、あれを残しておけば、、という後悔の方が多いか。。
だから余計に捨てられなくなるんですね。

物が増えて溢れた感じになると、研ぎでミスをしそうな気持になります。(あくまで自分基準です。他の研師から見ると十分雑然としているかも知れません。一方で仕事道具で溢れ雑然とした細工場への憧れも持っています。)
毎日髭を剃り作務衣を着ないと仕事が出来ないのですが、それと同じかも。
Amazonでお安いミニ食器棚を幾つか買って道具の整理をしました。
しかし。。ちょっと棚に納めたくらいで整然とはならんもんですな。。




2021年の

昨年も無冠の錆身から国宝まで、多数の名刀を研磨、または手に取り拝見する事が出来ました。
本当に沢山拝見しましたが、特に心に残る刀は・・・。
寸延長銘相州廣光(正平年紀)、在銘光忠太刀×2、在銘貞宗短刀(偽銘のはず)、無銘左文字刀、兼光太刀、無銘甘呂、祐定脇差、光世短刀、弘幸(堀川)×4、国徳(堀川)、奥州國次、この辺でしょうか。
中でも特にあげるとしたら、弘幸刀と国徳脇差。 
好みによるところも大きいはずですが、にしてもやはり慶長新刀は凄いですね。古名刀と同じ感覚で楽しめ、そして感動すら覚えます。
今年はどんな名刀に出会えるでしょうか。
弟子のマーティン君の如く純粋に鎌倉時代の人間の様な感覚(多分)で刀と関わってみたいと思います。



新年

明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
冷えますねぇ。比叡山も雪です。
今年も頑張ります。



安全に仕事を行う

今日も無事に研磨の仕事を終える事が出来ました。その後押形作業も少し進めましたが、それも無事終了。
「刀剣研磨のお仕事で一番心掛けている事は何ですか?」との質問を受ける事は度々あります。
伝統文化・伝統技術の継承、文化財を守る、刀を研ぎ減らさない、1000年先に日本刀を伝える!等々、求められているワードは分かっているのですが、私にとってはそんな事より何より「安全に作業を終える事」、これが一番ですので必ずその様にお答えしています(こういうコメントは使われない事が多いですけども。以前取材して頂いた週刊日本刀の『押形の美学』では「安全に作業を終える事」、このワードをしっかり書いて下さいました。)。 実はこのワードが全ての事とつながっていますよね。
なんだかんだ言っても、365日中、刀を握っている時間が一番長いのは研師です。何十年間も、日々一日中刀を持って作業をしている訳ですから、研師の誰もが様々な場面に出くわしているはずです。所謂”ヒヤリハット”というやつ。どんなに注意していてもそれは必ず起こります(注意しているからそれで済んでいる)。 
その度に刀はもちろんですが、研ぎ場環境、様々な物や道具の持ち方や動線などが考え直されます。研ぎ場は一見雑然としていますが日々の仕事の中で事故が起こらない工夫がなされています。磨き棒を持つ瞬間、持った手を移動する動線、天然砥を持って移動する動線等々(天然砥は急に割れて落ちる事があります)、研師それぞれの経験に基づき考え行われているわけです。
こんな事はわざわざブログで書く様な事でもありませんが・・・。
電車の運転士さんの指差喚呼とまでは行かずとも、日々の研ぎの中でそういう動きをしながら引き締めていますが、こうして書いて改めて気を引き締めているんです。(鑑賞刀の前で一礼する行為。「先人への感謝」など色んな理由がいわれますが、安全のために気を引き締めるワンアクションである事も忘れてはなりません)