久々に唐筆で

脇差の全身押形を描く。

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最初は近年使っている筆で描いていたが、途中から久々に唐筆に変えてみた。
こうやるのか~と、唐筆の使い方をやっと少し理解出来た気分。



無題

三尺四寸六分の大太刀研磨を進めているが、体には非常に悪いと感じる。
三尺一寸程度までなら普通の研ぎ方で研げるのだが、四寸六分となると普段とは違う関節の動きをさせなければ刀身がぶれて研げず、これでは体に負担が来る。 また、何をするにも常に腕の各所に大きな負担が掛かるため、長期間かけて大太刀を研ぐ場合、僅かな事にも無駄な力を入れないのが肝要だと思う。持ち上げたり動かす事は当然だが、固定させる様な無意識の力の方が筋ヘノダメージが大きい。
60歳でも大太刀研磨をなどと思って居たが、これは若い研師のやる仕事だわ。

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珍しく長男が「お父さんと京都巡りに行きたい」などと嬉しい事を言うので行く。
東西線を蹴上で降り、南禅寺へと定番コースに。英検でここ来たね~などと話しつつ、水路閣で写真を撮り、蕎麦を食べに枡富へ。
お父さんは既に60%体力消耗。 枡富が行列につき、三条神宮道の”おふく”へ。
昔よく吐くまで飲んで”おふく”に入り、冷蔵庫からおばんざいとまた瓶ビールを出して飲み、最後に中華そばを食べて帰った。
久々におふくの中華そばを。長男は中華そばが何なのか知らなかったらしく拒んだが、食べて欲しいねんと注文した。30%ほど体力回復。
ここは脇山さんの旅館で、ここは砂本さんの変なお店で京大医学部卒と言う嘘をついてる変わった人が居て、ここは岡田さんのおばちゃんのお店があったところでお父さんはこの廊下でゲロを吐いて、ここは陶山さんのお店跡やけど今はよく分からんお店になってて、その隣が阿部さんのお店でその裏はよく花見をした今井さんちで、知恩院には平野さんが住んでて・・・と長男が小さい頃の話を沢山しながら神宮道を南下し円山公園を抜け清水へと歩く。
清水寺は工事中だが拝観料を払い、中国人家族や韓国の若者に混じり写真を撮り、五条坂を下り京阪清水五条まで。五条坂で工事の兄ちゃんが極自然に狭い排水溝にシャーッとゲロを吐いていて観光客が三度見をしていたが長男には言わず。

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差し込み拭いを作った。
その後久々に黒の拭いを作成中。
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大太刀研磨でやられた腕は乳棒の重さも苦痛。
以前iphone4sを買い替えたのもフロントパネルがガラス製で万年腱鞘炎の腕が4sの重さに耐えられなかったから。
pcのキーボードはAppleのMagic Keyboardにしているので大分楽。

 



御刀拝見

研ぎ場にて近年発見の複数の御刀を拝見。
いずれも一軒の旧家から。
このレベルがまとめて出る事は大分少なくなったと思う。
手持ちずっしりと重く、非常に健全な在銘年紀入りの古刀が有った。
この刀工で市場に流通している品ではなく新発見でこのレベルを見たのは初めてかも知れない。大変驚いた。
本家の蔵はまだ開いていないのだとか。。

大都会に住む方が、「未だに新発見の刀だという事で新規登録がどんどん増えているのはおかしい、そんな事ある訳が無い」という様なお話しをされている場面に度々でくわすが、その認識は間違っている。
研ぎ場にて大磨上げ無銘の直江志津を拝見。
大磨上げ無銘の直江志津、実は本当に久々に拝見したと思う。
例えば重刀指定でも150振り程度は十分あるのではないかと思うし、昔の私の環境下では無銘の直江志津極めの刀に出会う機会は度々あり、研磨コンクールにも直江志津を出品させて頂いた事があったと思う。
無銘の直江志津はもしかしたら18年ほど手に取って居なかったかも知れない。まぁ記憶も曖昧なのでなんとも言えないが。
無銘の直江志津、一気に好きになってしまった。
美濃刀ファンは直江をみれば必ず虜になると思う。無銘が嫌いな人はダメだけれど。



菊一文字と虎徹を

研磨記録、研磨外の部に菊一文字と長曽祢興里真鍛作の全身押形を追加しました。



御刀拝見

出先にて無銘雲次拝見。研ぎで少し肌を荒くしてしまっているが、もう少し湿潤な肌に仕上げれば、今は淡く見え辛い映りももう少し鮮明になると思う。
無銘なので当然他の極めも考えられ、例えば畠田真守なども思い浮かぶが、帽子の素直さを重要視すれば雲次の極めになるのだと思う。
それにしても、刃中非常によく働いて、度々見る寂し過ぎる雲次極めの刀とはかなりの違いがあった。

出先にて山城慶長新刀を拝見。寸延び。
慶長新刀は、なんでしょか。あの魅力。慶長新刀を拝見する度に、「慶長新刀」の分類がある事に安心する。良いと感じる感覚は間違っていないのだねと。
この10年で新作刀を少なくとも150~180振り程度は研磨させて頂いたと思うが、その度に姿の大切さ、難しさをつくづく実感し、そして慶長新刀の姿の良さを感じる。(新作刀の姿が悪いと言っているのではない。むしろ現代刀匠の姿に対する敏感さに自分を反省し勉強させて頂く事は非常に多い)
山城慶長は国広、明壽、三品系初代などなど・・・。凄いセンスの刀工ばかり。
どこからあの姿が生まれたのだろう。。以前も書いた気がするが、単に”南北朝の磨上げ姿”では説明がつかん。
”他江不可渡之(太刀)”は何度か手に取って拝見したが恐ろしく洗練された姿で、長い物を一振りしか作った事の無い人間が作れる刀では無かった。
慶長平身。かっこ良さはフクラの張りや枯れ、刀身の反り、茎の振りや刃方のライン、茎の長さ、焼き刃バランスなどなど、様々な組み合わせを絶妙にこなしている物が多いと思う。単に”古いから”、”位列が高いから”の評価ではなく、実際非常に上手い。
ただ、私は数値できっちりと把握するタイプではなく感覚でしか見ないタイプの研師なので、数値の事や目釘穴位置に関する見解などを刀匠さんや鞘師さんに聞いてみよう。



2月日刀保京都府支部例会

今月の支部会は会場予約の都合により、本日第一日曜日に行われました。

今回は私が担当という事で、鑑定刀を集めさせて頂きました。

一号 寸延短刀 銘 立子山住人 将平作  昭和六十一年秋
二号  刀   銘 長曽根興里 真鍛作
三号 太刀   銘 行次(古青江)
四号 太刀   銘 貞次(古青江)
五号 太刀   銘 為次(古青江)
六号 太刀   銘 守次(古青江)

一号は鞘書に「相州廣光ヲ偲作刀之内也」とある通り、古作相州廣光を思わせる出来。
二号虎徹は郷義弘に私淑しそれに範をとったという事を証明する様な出来です。
3,4,5,6号は在銘の古青江で、古青江の作風を学ぶ上で、大変貴重な機会となりました。
この度も大変貴重な御刀の数々をご提供頂きました皆様には心より御礼申し上げます。誠にありがとうございました。
虎徹全身2
鑑定刀二号 銘 長曽根興里 真鍛作(重要刀剣)

古青江貞次2
鑑定刀四号 銘 貞次(古青江)



日刀保京都府支部新年会

先日、日刀保京都府支部の新年会が行われました。

入札鑑定

 

一号 刀

少し細身で踏ん張りは少ない。全体に反る。応永地鉄に近い質の大変良い地鉄。腰開き。

備前。刃と地の色は則光。ただここまではっきりと腰開きの刃となる則光を今までに見た記憶は無く迷う。
康光はもう少し踏ん張りが有るイメージを持っていて違う気がするし、祐定まで時代が下がるともう少し錵が出ると思う。
則光には黄色く柔らかく詰んだ地鉄と応永杢風の強い印象の地鉄があるが、どちらも地刃全体を覆う共通の色合いがあるのでそれを取って、寛正則光と入札。

 

二号 刀

新々刀丁子。浅く上手い龍の彫り。

新々刀は難しい。。帽子が固山なので固山宗次と入札。

 

三号 刀

幅少し広く平肉少ない。重ね少しだけ薄め。肌立ちぎみ。淡く映る。二つずつ連れる互の目。その互の目は少々高い。

備前か美濃。互の目の形が関に思え、兼定と一旦書く。が、この造り込みは兼元に有ったとしても兼定のイメージではなく、再び考える。
兼元の可能性も考え、互の目をよくよく見るも、やはり兼元とは違うと思う。
ここで「小反りではない」との声が聞こえてしまった。。
備前なら小反りしかないので困った。
吉井吉則と入札。

 

四号 脇差

良く詰む。小錵出来の丁子刃。橘康広風ではなく足が長い。刃中錵流れ。

石堂よりかなり詰む。丁子の形も私の環境ではあまり見ないタイプ。
多分合ってると思う。一竿子忠綱と入札。

 

五号 脇差

鵜の首造り(横手有)。涛乱風大互の目。鎬棟寄り柾。

地鉄の雰囲気と匂い口と刃の色と棟寄り柾なので言之進照包と入札。



国入り

三号、やはり小反り以外には思えない。”小反りではない”と聞こえたのは一号の話だった事にしよう。
ただやはりモヤモヤが残ってしまう・・・ので、小反りか兼光系か微妙な扱いをされる事がある政光と入札。



準然

一号  刀 備州長船則光  文明六年二月日
二号  刀 備前介藤原宗次 文久三年二月日 両車截断 山田源蔵
三号 太刀 備州長船家守  永和三年八月日
四号 脇差 粟田口近江守忠綱
五号 脇差 坂倉言之進照包 延宝八年八月日

 

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支部の辻本先生が今まで度々忠綱の見方を解説して下さっていましたが、やっと当たるようになりました。