≪古刀≫備後 短刀 国分寺助國 

短刀、銘 [備州]国分寺住助國作 [嘉]暦二年正月日 (備後国 鎌倉時代末期)

国分寺助国短刀
嘉暦二年(1327年)、備後国、国分寺助国の短刀である。
国分寺助国には、大和伝が強く古三原の作風に共通する物や、賑やかな刃に乱れ映りの立つ備前気質の作風などがある。

本短刀は匂口締まりごころの直刃を焼き、地には淡い筋映りを見せる。肌あいは助国独特のものだが、一見青江を思わせる出来である。
過去に数振り古三原風の国分寺助国(無銘)を研磨させて頂いたが、この度の短刀と合わせ、大和とも古三原とも違う助国独特の肌合いを感じた。
文字にすると「肌立ちごころ」と言う事になってしまうのだが、それは品位を落とすものではなく、あくまで助国特有の肌と言う事である。

重要刀剣図譜では本刀の銘を「国分寺住人助国作」としているが、仔細に見ると「国」の上に「州」の文字が確認出来る。
銘の切り出しがかなり高い位置に有ったため研磨で摩滅しているが、「備州国分寺住人助国作」と見るのが正しい。

往昔抄に「備州国分寺住人助国作 嘉暦二年十月日」の短刀を見る。
往昔抄は古刀期にまとめられた書で、押形集としては最も古い。
この書に所収の品は後の戦乱や天災、そして近代の戦争などによりその多くを滅失したはずだ。
この度の「嘉暦二年正月日」の短刀と往昔抄の「嘉暦二年十月日」の短刀はほぼ同時期、或いは全く同時に作られた可能性もある。
この様な品がこれだけ健全な状態で現在まで伝わりそして出会えた事に感慨を覚え、改めて同工の研究上極めて貴重な資料であることを認識する。
重要刀剣指定品