≪古刀≫肥後 九州肥後同田貫兵部

刀、銘 九州肥後同田貫兵部 (安土桃山時代 肥後国)

兵部3

肥後の同田貫一派は延寿刀工の末流といわれ、室町末期から桃山期にかけて活躍している。
この派の切り銘は、九州肥後同田貫某と長銘が主だが、「同田貫」の後に、上野介、兵部、次兵衛など俗名のみを切る刀工が多い。
「同田貫」の語源について、切れ味説や地名説など諸説あるが、昭和29年第27号刀美の福永酔剣氏の記事に「同田貫という派名の起源については万人首肯できる説明を見出しえない」とあり、その後も決定的なものは出ていないようである。
(ただ、「今の所最も信憑性のあるのは同田貫村居住説である」とも記している)

この派の作は切れ味を誇る豪刀が多いが、大身槍、薙刀等も見られる。
本作も身幅広く鋒が延び、鎬の高い豪壮な造り込みであり、一般の末古刀とは少し外れた位置に反りを置きその威風を示している。
また同田貫は実戦に主眼を置くためか肌荒れや傷気を見る事もしばしばであるが、多数のテレビや小説に登場するなど知名度が高く、
この種の刀としては異例の高値で取引される事も多い。