明寿さんは

2015年03月12日

http://kyoto-katana.com/archives/4337/
↑ここに「他へ渡すべからず」の事を少し書きましたが、明寿の刀は一振りしか無いのに何故上手いのかがちょっと疑問でした。
職人の仕事は数をこなしてこそ腕が上がります。
江戸期の塗り鞘などは大した拵えではなくとも大変上手い。
毎日毎日大変な数を塗ってきたからです。
刀の研ぎで分かり易い部分で言うと、例えば棟先とハバキ元の化粧磨き。「流し」などとも呼ばれます。
趣味で研がれている方からは、難しく作業に時間が掛かると言う話はよく聞くものですが、普段研いでいて、自分で下地をした刀への化粧を失敗してやり直す事はめったに有りませんし、短時間でスススと入れる程度のものであり他の研磨工程に比べれば難しい物ではありません。
で、計算してみたのですが、極小範囲の部分研磨にお預かりした刀でも、化粧が悪ければ大体入れ直しますので、少なく見積もっても今までに2万6000本以上は、練習じゃない本番の化粧磨きを入れているわけです・・(化粧磨き本数、私の場合短刀6本、刀・脇指28本)。 そりゃ失敗もしなくなります。

明寿の刀は一振りしか残っていませんが、凄い姿です。
一振りしか造らずあの姿が出せる訳がない。
では沢山造ったが一振りしか残らなかったのかと言うとそうでも無い気がします(わかりませんけどね)。
結局、古刀の磨上を沢山こなし、絶妙なバランスを身に付けそして慶長新刀独自の姿を生み出した訳なんですね。
なるほど。
姿については分かりましたが、では地刃はどうなんでしょうね。
短い物は出来ても長い物は全く違うと刀匠さん達からよく聞きます。
やはり他にも長い物を沢山造ったのでしょうか。 それとも代作か?